婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
宗一郎が低くて気品のある声ですらすらと話し始める。
「東インド会社の設立に尽力し、スペインとの十二年休戦を実現させたオルデンバルネフェルトは、優れた外交手腕の持ち主であり、建国の功労者で、ホラント州の法律顧問だった」
「それなら宗一郎さんは、そのオルデンバルネフェルトに憧れて法律を学んだんですね」
奈子はパッと目を輝かせた。
宗一郎がいじわるそうに口の端を歪める。
「そして、国家反逆罪で処刑される」
奈子はムッと顔をしかめた。
素直な反応に、宗一郎が声を上げて笑う。
「政治的対立のせいでね。オルデンバルネフェルトは最期まで無実を主張したし、妻のマリアも決して恩赦を求めなかった。命乞いをすれば罪を認めることになる」
奈子は眉を下げてうつむいた。
オルデンバルネフェルトは延命より高潔さを選び、処刑台に上った。
マリアは夫の尊厳のために、罪より死を受け入れたということなのか。
愛する人の処刑の日、彼女はなにを祈っただろう。
「これできみも俺のことをひとつ知った。イーブンだな」
宗一郎が立ち上がってポケットの中から小さな鍵を取り出し、奈子に手渡す。
「この家の鍵だ、好きに使ってくれていい。警備は虹彩認証で解除できる」
奈子は手の中の鍵を見下ろしてつぶやいた。
「……私には、マリアのような選択ができるかわかりません」