婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
壬生日葵ははっきりとした顔立ちの美人で、顎の下で切り揃えた黒髪がよく似合い、いつも背すじが真っすぐに伸びていて、離れたところにいても簡単に見つけられる。
日葵がにっこりと笑って樹の肩を叩いた。
「へえ、樹はミーティングの内容、理解してなかったんだ。私がみっちり解説してあげようか」
樹がギョッとして飛びのく。
「み、壬生さん!」
奈子は慌てて腕時計を確認した。
株式市場が止まる十一時半まで、あと九分。
日葵は会社の自己資金で株式や債券の取引をするディーリング部門に所属していて、投資調査部門の奈子たちとは定期的にミーティングが組まれる。
奈子とは同期入社でなんとなく気が合い、今日もランチの約束をしているけれど、日葵が午前の取引を終える前に仕事を離れているなんて、やっぱりなにかがおかしい。
首を傾げる奈子を、日葵が腕を組んでじっと見つめる。
「でも、樹のほうが先に記事を見つけたってことか。奈子が鈍いのは鬼灯宗一郎のせいなの?」
奈子はきょとんとして日葵を見返した。
日葵が奈子の目の前にスマートフォンの画面を掲げる。
「結婚するんだってね、おめでとう」
奈子は思わず日葵のスマホをかすめるように奪い取った。
ネットニュースで鬼灯宗一郎の婚約が報じられている。
相手はあかり銀行頭取の娘。
名前こそ伏せられているものの、烏丸証券の社員ならすぐに奈子のことだと気づくだろう。
ご丁寧に、二ヶ月前のホーズキとあかり銀行の業務提携についても詳しく書かれているから、このふたりが政略結婚をするのだということは記事を読めば誰にでもわかる。