婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
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金木犀が香る夕焼けの並木道を、ドイツ製の高級車でもう五分以上走っている。
鬼灯家の所有する紫染邸がどこにあるのか、奈子にもはっきりわかっていなかった。
なんでも大正時代に紫染伯爵から譲られた邸宅で、政財界の望月を掴むような有力者が、鬼灯家に招かれてようやく訪れることを許されるらしい。
(ただ会うだけって言ったのに)
奈子は膝の上でギュッと両手を握った。
父の茅島行高が初めて紫染邸への招待を受けたのは、三年前、あかり銀行の頭取に任命されたときだとか。
あかり銀行は鬼灯グループの御三家企業に数えられ、日本を代表するメガバンクのひとつでもある。
でも、奈子はふつうの会社員だ。
京友禅の着物を装い、鬼灯家の私邸を訪れることになるなんて思いもしなかった。
それも、鬼灯宗一郎と政略結婚をするとは。
宗一郎は鬼灯本家の長男で、今年の春、グループの中核を担う世界的IT企業ホーズキの社長に就任した。
けれど由緒正しい家柄の眉目秀麗な御曹司でも、三十四歳の若さではまだ敵も多いらしい。
支持を盤石にするため、ホーズキとあかり銀行の業務提携を結び、ついでに頭取と縁戚になっておきたいというわけだ。
だから奈子と結婚する。