婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~

そもそも鬼灯家の申し出を断れるはずもないけれど、それでも奈子がこの縁談を受け入れたのは、仲のいい両親がお見合い結婚だったからだ。

ずっと、父と母のような結婚がしたいと夢に見ている。

奈子を乗せたドイツ車が静かにスピードを落とし、大きな数寄屋門の前で止まった。
切妻屋根の下で、トップハットを目深にしたドアマンがふたり並んで立礼している。
緊張で胸が苦しくなりそうだ。

(お父さんのうそつき!)

行高はこれを格式高い古風なお見合いではなく、カジュアルな紹介くらいのものだと言った。
お互い恋人がいなくて、気が合うのなら、交際してみればいいと。

奈子は鬼灯家との縁談をそこまでお気楽に考えていたわけではないけれど、結局、母に淡い藤色の訪問着を着付けられ、広大な敷地に立つとんでもない豪邸に招かれている。

外側から後部座席のドアが開けられると、奈子は慌てて運転手にお礼を言った。
帯がつぶれないように気をつけながら差し出された腕を取り、目眩をこらえて車を降りる。

微かなベルガモットの香りが奈子の心を引いた。

「ありがとうございます」

手を貸してくれたドアマンの顔を何気なく見上げ、ギョッとして背を正す。
両手を揃えて膝まで下げ、深く礼をした。

「はじめまして、茅島奈子と申します」

男が片眉を上げる。
奈子はゆっくりと姿勢を戻し、男の端正な顔を遠慮がちに見返した。

「あ、あの……鬼灯宗一郎さんですよね」
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