婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
クリーム色の大きなドアを開け、寒さから逃げるように玄関に駆け込む。
たたきに並べられた革靴とパンプスを見下ろして、奈子は首を傾げた。
ローヒールのパンプスはもちろんのこと、よく磨き上げられた革靴も、たぶん宗一郎のものではない。
でも誰かを招く予定があったのなら、きっと佐竹が教えてくれたはずだ。
「奈子」
ドアの開く音を聞きつけたのか、宗一郎が回廊の奥から歩いてくる。
奈子は靴を脱ぐことも忘れて、玄関に突っ立ったまま夫を見つめていた。
スーツやタキシードを着ていない宗一郎と会うのは初めてだった。
ベージュグレーのハイネックのカットソーに黒い細身のパンツを合わせたラフな格好で、少しだけ乱れた前髪がアーモンド型の目に影を落としている。
まるで自宅でくつろいでいるところを訪ねてきてしまったみたいだった。
(そっか、ここが家なんだ)
奈子がちっとも動かないので、宗一郎は首を傾げながら両手を差し出した。
左手でスーツケースを受け取って、右手で奈子の手を掴むと、怪訝そうに片方の眉を上げる。
「冷たいな、雪遊びでもしたのか」
氷のような奈子の左手をしっかりと握り、廊下を引き返していく。
佐竹は黙ってふたりのあとに続いた。