婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
悪事を見咎められた小さな男の子のように、宗一郎がいたずらっぽく肩をすくめた。
「失礼、さすがは茅島頭取のお嬢さんだ」
奈子はなんと答えていいかわからず、口をギュッと引き結ぶ。
鬼灯宗一郎の写真は、経済誌やネット記事を探せば簡単に見つかる。
それに、もうひとりのドアマンが燕尾服とトップハットで正装しているのに対し、宗一郎が着ているのはタキシードだった。
正式なドレスコードでは、タキシードとトップハットは合わせない。
おそらく帽子だけ拝借したのだろう。
「烏丸証券にお勤めだそうですね。優秀なアナリストだとか」
「とんでもないです」
でも、アジア最大手の証券会社に鬼灯宗一郎の顔を知らない社員はいないはずだ。
宗一郎はトップハットを脱いで本物のドアマンに返すと、黒い髪を片手で無造作に直した。
「あなたの書いた企業調査レポートを読みましたよ」
「えっ」
目を丸くする奈子に、片頬で笑った宗一郎が改めて腕を差し出す。
「大変興味深かった」
機関投資家に公開される奈子のレポートを宗一郎が入手したとしてもおかしくはないけれど、仕事ぶりを調べられているとは思わなかった。
お世辞でも、ホーズキの社長に褒められるのはうれしい。
奈子は宗一郎の肘にそっと手を添え、数寄屋門の下をくぐった。
門の奥は立派な日本庭園で、石組や広い芝生やライトアップに、モダンな大正時代の雰囲気が漂う。