婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
フットライトに照らされた苑路を歩きながら、奈子は宗一郎の横顔を見上げた。
頬骨は高く、鼻梁は真っすぐで、薄暗い逢魔時には息を飲むほど美しい。
「あの、どうしてドアマンのふりをしていたんですか」
奈子が気づくまで黙っていたのも、タキシードにトップハットを被ったのも、わざわざレポートを読んでいたことも、鬼灯家の花嫁を選ぶための審査ではないかと疑う。
「どうして? そうだな」
宗一郎はほんの少し考え、ふと目を細めて奈子を見下ろした。
「俺の名前さえ知らないきみと、出会ってみたかったからかな」
奈子はきょとんとして口をつぐんだ。
宗一郎と奈子は政略結婚をする。
だけどもし、奈子が頭取の娘ではなく、名前も知らない宗一郎と出会って、好きになり、結婚をすることになったとしたら、ふたりはどんな恋をしていただろう。
胸がキュッとしめつけられ、奈子はこっそり顔を伏せた。
宗一郎が奈子を連れてきたのは、回遊式庭園から直接通じるテラスつきの広い洋室だった。
シャンデリアのやわらかい光がダークグレーの石張りの床を照らし、アンティーク調の大きなテーブルにはバラと蔓梅擬のいけばなが飾られている。
部屋の奥にはクラシカルな花柄のソファと、ガラス扉がついた本棚が置かれていた。
金箔が施されたおしゃれな装丁の洋書に、奈子はついうっとりする。
「本がお好きのようですね」
奈子を椅子に座らせながら、宗一郎がからかうように片眉を上げた。