婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
悠成が得意げに笑う。
「俺には兄の頭の中が切って覗いたようにはっきりわかるんですよ。顔は似てないって言われるけどね」
奈子はついじっと悠成を見つめていた。
たしかに悠成はやわらかそうな癖のある猫毛に、優しい末広二重とすっきりした鼻梁の甘い顔立ちをしていて、社交的で愛想がよく、宗一郎とは雰囲気がまるで違う。
(でも、笑ったときの目元はそっくりだと思うけど……)
宗一郎がまなじりを下げて溶けそうなくらい甘くほほ笑むと、兄弟は同じ笑い方になる。
それがわかったとき、奈子はパッと頬を染めていた。
こっそりまつげを伏せる。
(……そっか、ほかには誰も知らないんだ)
あんなふうに笑うのを見たのは、宗一郎の腕の中にいるときだけだ。
ほかの誰かが気づいていなくてよかった。
知っているのが奈子ひとりならいい。
できることなら、この先もずっと。
それで奈子は、本当はふたりに似ているところがあることを教えてあげられなかった。
悠成がふと申し訳なさそうに肩をすくめる。
「あともうひとり、冷って弟がいる。でも仕事で海外にいるらしいんだ。いとこの京と妻の柚子ちゃんもさっきまでここにいたけど」
悠成が辺りをぐるりと見渡す。
「どっか行ったな。叔父さんが来てるはずだから、捜しにいったのかも」
叔父というのは、おそらく京の父親の八雲埃のことだろう。
量子重力理論の研究者で、近い将来のノーベル賞候補と目されている。
フランスの大学に招聘されていて、帰国は一年振りだとか。