婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
「茅島奈子さん」
宗一郎が急に真剣な顔をするので、奈子は慌てて姿勢を正した。
火照った頬を秋の冷たい夜風がなぞる。
「どうか、俺の婚約者になってほしい」
奈子は少しだけ泣きたい気持ちになった。
いつか恋をして、好きになった人と結婚がしたかった。
そのとき彼は、左手の薬指にそっとキスをするのだ。
奈子の心臓はドキドキと音を立て、ふたりはエメラルドのエンゲージリングに永遠の愛を約束する。
今、夢は遠ざかり、現実は宗一郎のかたちをしていた。
(だけどもしも叶うのなら、きっと宗一郎さんのことを好きになりたい)
奈子は膝の上でギュッと両手を握り、かしこまって小さくお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
宗一郎が満足そうにうなずく。
「こちらこそ」
部屋の奥に控える給仕が、宗一郎の合図でベイビーブルーの証書入れを恭しく運んできた。
宗一郎が表紙を開いて奈子の前に広げる。
「婚前契約書は整えてある。よく読んで、不満があれば顧問弁護士に連絡してくれ」