婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
宗一郎がなにか言い返そうとしたとき、佐竹がどこからともなく影のように現れてささやいた。
「宗一郎さん、葦原さまがお捜しです」
悠成が顔をしかめる。
「あーあ、葦原のじいさんか。捕まったな、いってらっしゃい。代わりに俺が花嫁さまのそばにいるよ」
「悠成さんもぜひご一緒にと」
佐竹がすかさず言い添えると、悠成は大げさに肩を落とした。
「げえ、俺も? あのじいさん、話が長いんだよなあ」
葦原といえば鬼灯家とは古くから親交深く、遠くさかのぼれば縁戚関係にあるらしい。
さっき宗一郎とふたりで挨拶にいったときも、あとでもう一度立ち寄れと念を押されていた。
「佐竹、奈子の同僚がどこかにいるはずだ。捜して連れていってやってくれ」
宗一郎の指示を聞いて、佐竹が心得たようにうなずく。
「壬生さまでしたら、ホールでお待ちです」
「頼んだ」
宗一郎は奈子を佐竹の腕に引き渡すと、サッとかがみ込んでこめかみにキスをした。
「すぐ戻る」
奈子は黙って目眩をこらえる。
庭園を横切っていく兄弟の背中を見送ってから、佐竹の横顔を見上げた。
「あの……日葵は樹くんと一緒ですよね」
日葵ならほとんど心配はいらないと思うけれど、政財界の要人ばかりが集まるパーティにひとりで放り込むのは申し訳ない。
それで、仲の良い樹も一緒に招待したのだ。
披露宴が始まる前にも、日葵のそばにいるようにとお願いしてある。