婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
佐竹が片頬で笑う。
「もちろん、樹さまもご一緒です。ただ、その名前を宗一郎さんのお耳に入れるのは大変危険な行為ですから。奈子さんもお気をつけください」
たしかに宗一郎は、ふとしたときに樹の気配を察知するとほんのちょっと機嫌を損ねる。
奈子のためだったとはいえ、樹からけんかを売ったようなものだから仕方がない。
でも結婚式に招待することを提案してくれたのは宗一郎だし、本気で嫌っているわけではないはずだ。
さっきもにこやかに挨拶を交わしていて、むしろ仲が良さそうにすら見えたのに。
奈子はうさぎの形に刈られたトピアリーの横を歩きながら、声を落としてささやいた。
「それから式の前にお話しした契約書のこと、よろしくお願いします。くだらないことでお仕事を増やしてごめんなさい」
佐竹が励ますように奈子の腕を引く。
「まさか、大切なことですよ。どうか誤解なさらないでください。宗一郎さんがどんな望みも叶えるとおっしゃったのは、それが本心だからです」
奈子はギュッと口を引き結んだ。
結婚式の直前、奈子は婚前契約書に書き足したいことがあると伝えた。
宗一郎はキスをしただけだった。
奈子には今でもときどき、宗一郎がふたりの結婚をどう考えているのかわからなくなることがあった。
もしかすると、宗一郎のことをほとんどなにも知らないのではないかと不安になる。
いっそのこと本当に、悠成の魔法に頼って宗一郎の頭の中を覗いてしまえたらいいのに。
「宗一郎さんはあなたのことを大事にされていますよ」
佐竹の慰めにも、奈子は困ったように笑うことしかできなかった。