婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
あの男に悪気がないことも、本当は誰を慕っているのかも知っているけれど、それは言い訳にならない。
身をかがめた樹が、奈子の手にある名刺を指さしてこっそりとなにかをささやく。
奈子が樹を見上げて笑い返す。
宗一郎はすっと目を細めた。
どうすれば奈子のそばから自分以外の男を引き離せるか、頭の中で百通りもの方法を検討していく。
迅速かつ確実に、奈子には悟られずにやり遂げなければならない。
もちろん実行される確率は限りなく低いものの、退屈しのぎにはなかなか役立つゲームなのだった。
飼っている大蛇も喜ぶ。
効率のいいやり方を三つまで絞ったとき、樹がふとあたりを見回した。
宗一郎がそこにいるのを知ると、ギョッとして奈子から離れる。
迂闊にも距離が近くなりすぎていたことに、ようやく気がついたのだろう。
奈子がパッと顔を上げた。
「宗一郎さん」
日葵に名刺を返して、磁石が引き合うのと同じくらい当然に、宗一郎の隣に戻ってくる。
それで、例のゲームは中断された。
すんでのところで命拾いした樹を、日葵が捕まえて匿ってやる。
「まったく、いったい誰にけんかを売ったか忘れたの」
「俺、完全に蛇に睨まれてましたよね」
「だから忠告したのに」
宗一郎の威嚇がわからなかった奈子は、訝るような目で説明を求めた。
「なんの話?」
ゲームの第一条件は、奈子に悟られないことだ。
宗一郎は笑って肩をすくめただけだった。
「さあ」
日葵と樹も首をかしげている。