婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
さまざまな憶測がなされているものの、事実として、多々良は任期満了によってホーズキ社長を退任した。
若い頃から病気がちだった父親の禅をそばで支えた友人でもある。
もちろん宗一郎は多々良にも披露宴の招待状を送っていたが、期日までに返事はなかった。
「突然お騒がせして申し訳ない。直前まで予定が決まらなくてね。これから空港に向かうところなんだ、すぐに失礼するよ。その前に、どうしても直接お祝いを伝えなくてはいけないと思って」
多々良が穏やかに笑って奈子を見下ろす。
「あなたが茅島頭取のお嬢さんですか」
「はじめまして、茅島行高の娘の奈子と申します。本日はご多用のところお越しいただきありがとうございます」
奈子が応じると、多々良は感心したように眉を上げた。
「よくできたお嬢さんですね。ご婚約の報道以来、てっきり政略結婚なのかと思い込んでいましたが、茅島頭取はお嫁に出すのを渋ったのではないですか。鬼灯家に嫁ぐとあっては、大変な苦労をされるでしょうに」
宗一郎の腕に添えた奈子の指先が、ほんのわずかにこわばった。
「父も喜んでくれています」
気丈に答える奈子をあざ笑うように多々良が首を振る。