婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
第四章 春雷
小雨の降る夜、遠い空で雷が春を鳴らしている。
春雷は夜ごとそばに迫り、奈子に目覚めを告げていた。
街灯の下で青く光る水たまりを避け、ふと傘を上げる。
家の前にホーズキ自動車の黒いラグジュアリーセダンが止まっていた。
マフラーが白い煙を吐いている。
奈子は急いで車に駆け寄った。
運転席の窓が下がり、佐竹が顔を出す。
「奈子さん、おかえりなさい。遅くまでおつかれさまです」
奈子が会社を出たのは午後十時頃だ。
でもこんなことなら、もっと早く帰ってくればよかった。
「おつかれさまです。あ、あの……」
奈子が車の中を覗き込むと、佐竹が申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみませんが、給油が必要になってしまったようです。ガソリンスタンドに寄ってきますので、戻るまでお待ちいただけるよう、宗一郎さんに伝えてくださいますか。たった今お呼びしたところですから」
「すぐに行きます」
奈子はうなずいてパッと背を向けた。
小さな水たまりにパンプスを突っ込んだところで、慌てて引き返す。
「佐竹さんも、お体に気をつけてくださいね。ありがとうございます」
佐竹は目をまたたいたあと、笑って奈子を見送った。