婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
傘を閉じ、バッグをしっかり肩にかけて、ポールライトに照らされたアプローチを走る。
勢いよくドアを開けると、宗一郎が玄関に立っていた。
ダークネイビーのスーツに革靴を履いて、左手には鞄を持ち、今まさに出かけようとしている。
奈子はすぐにドアを閉め、背中をぴったりくっつけて家の出口を塞いだ。
宗一郎がきょとんとして奈子を見下ろしている。
「おかえり、奈子」
奈子は肩で息をしながら、後ろ手に鍵をかけてやった。
これで宗一郎は奈子のものだ。
奈子は息継ぎの合間につぶやいた。
「連絡してくれたら、もっと早く帰ってきたのに」
宗一郎に会うのは十一日ぶりだった。
そんなこと、数えているのは奈子だけなのだろうけど。
宗一郎が着替えを取りに家に寄るのは、いつも奈子が仕事で留守にしているときだ。
「夜中に戻っても起こしてくれないし」
待ちくたびれてリビングのソファで眠ってしまったときでさえ、宗一郎は奈子をふかふかの毛布にくるむだけで、顔も見せずにいなくなってしまった。
まるで奈子に会うのを避けているみたいに。
でも、こんなわがままを言いたくてここまで走ってきたわけじゃない。
奈子はうつむいてつま先を見つめた。
水たまりを蹴ったせいで、ベージュのパンプスが茶色っぽく変わっている。
「佐竹さん、ガソリンがないからって……」
それで宗一郎は、なにもかも察したようにうなずいた。
「ああ、なるほど」