婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子はきょとんとして契約書を見下ろした。
無機質な初めの一文を正確に読み上げる。
「鬼灯宗一郎(以下、甲という)と茅島奈子(以下、乙という)は互いの円滑な夫婦生活のため、婚前契約を締結する」
それ以降は、家事育児の分担、お互いの仕事と生活費の取り決め、浮気や暴力があったときの対処、離婚する際の財産分与や、鬼灯家の後継問題まで、簡潔な文章で明快に記されている。
奈子はまばたきをして宗一郎を見返した。
「弁護士?」
「ああ、失礼」
宗一郎がタキシードの内ポケットから名刺を抜き取り、婚前契約書の隣に置く。
「佐竹という。頭のいい男だ」
奈子の思考は完全に焦げついた。
宗一郎が椅子から立ち上がり、呆然とする奈子に優しく左手を差し出す。
「さあ、車まで送ろう。今夜は楽しかった、また連絡する」
笑った宗一郎は悪魔のように美しかった。
◇ ◇ ◇
宗一郎はホーズキ自動車の黒いラグジュアリーセダンに乗り込むと、運転席の佐竹からすぐにタブレットを受け取った。
茅島奈子と会っている間に更新された情報に目を通しながら、長い脚を組み、次のアポイントメントの相手に電話をかける。
鬼灯中央研究所の社長を務める八雲京は、ツーコールで応じた。