婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
奈子は宗一郎の小言を聞き流してつぶやいた。
「佐竹さんになれたらいいのに」
そうしたらずっと宗一郎の近くにいられるし、頭の中までなんでも理解できて、不安になることはひとつもない。
宗一郎が喉の奥で笑ったのがわかる。
「俺は嫌だ。ひとりにしてごめん、謝るよ。でも頼むから夫でいさせてくれ」
頬にキスをされ、奈子はほんの少し機嫌を取り戻す。
宗一郎の腕にすっかり体を預け、素直にうなずいてあげた。
「帰りが遅くなるならタクシーを使うか、俺に連絡するんだ。佐竹を迎えに行かせるから」
「タクシーにします」
宗一郎が言い聞かせるようにつけ足す。
「それから、奈子は鍵をかけるのがちょっと遅い。俺が一緒にいるときはいいけど、もしあとをつけたり、物陰に隠れたりしている奴がいたら、その隙に押し入られる。玄関に入るときは周囲を確認して、ドアはすばやく開閉し、すぐに鍵をかけろ。ずっとそれが心配だった」
奈子はこっそり目をまたたいた。
どうして宗一郎は、それを知っているのだろう。
たしかに奈子は、虹彩認証の警備を解除したあと、玄関の前に立ってしばらくバッグの中をかき回しているし、キーケースを見つけてドアを開けても、荷物を下ろしたり、郵便物を確認したりして、ようやく施錠を思いつくことがある。
「気をつけます」
宗一郎が抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
指に奈子の髪を絡めてもてあそぶ。