堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
木造の小さなお店。
看板にはかすれた文字で『甘味処 まつの』と書いてある。
少し立て付けの悪い引き戸をカラカラと開けた。
「おばあちゃん、来たよー」
お店の奥に聞こえるように大きめに声をかける。祖母は最近、耳が遠くなってきているのだ。
「あぁ、彩芽ちゃん。お休みのところいつも悪いわねぇ」
ニコニコしながら、奥から祖母が出てきた。
真っ白の髪を綺麗に結い上げ、和服に割烹着を身につけた祖母は、とてもかわいいおばあちゃんだ。
いつもフクフクと微笑んでいて、顔を見ただけでホッとする。
一度訪れたお客様が再び来てくれることが多いのは、祖母の人柄のお陰だろう。
「ううん、大丈夫。はい、これ。お母さんから」
母に持たされたカバンの中には、母お手製のおばんざいが入っている。
今日は、高野豆腐の煮物、筍の木の芽和え、菜の花の辛し和えなどが入っているようだ。
「ありがたいねぇ。お母さんによろしく伝えてね」
祖母はカバンを押し頂くようにして、嬉しそうに受け取った。
母と祖母は実に仲がいい。彩芽には小言の多い母だが、姑である祖母にはとても優しい。
母からネチネチと叱られるときには、「おばあちゃんには優しいくせに!」と憤ることもあるが、円満な家庭で育ててもらえたのはありがたいことだ。
彩芽もこんなお姑さんのいる家に嫁ぎたいと思っている。
残念ながら今のところ、何の予定もないが。
「着物に着替える?」
祖母がいつものように訊ねた。
「うん!」
彩芽もいつも通り答える。
祖母はいつも和服だが、彩芽もお店に立つときには、なるべく着物を身につけるようにしている。
お客様は圧倒的に観光客が多く、〝京都の雰囲気〟を楽しみにしている方が多い。
着物を着るのは、『おもてなしの一つ』だという祖母の考え方を聞いてからは、極力彩芽も着物を着るようになった。
お店の奥にある、祖父母の居住スペースに向かう。そこで着付けてもらうのだ。
通りすがりに、作業場の祖父にも声をかけた。
「おじいちゃん、彩芽きてるよー」
「おぉ、今日も頼むわな」
祖父の義雄(よしお)は、おはぎを作りながら微笑んだ。