堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
会場のフランス料理店は、和泉家の貸し切りになっているようだが、思った以上に人が多い。
「これ、みんな和泉の人じゃないよね?」
恐る恐る訊ねると、「みんな和泉の関係者や。分家も入れるとかなりの人数になるからな」という驚きの返事が返ってきた。
「いやいや、だってどうみても50人はいるよ?この人たちみんな親戚なの?」
驚く彩芽にタロちゃんは説明してくれた。
古くからの分家を合わせると『和泉家』の血筋の家は数えきれないほどあるらしい。今日集まっているのは、中でもまだ近い血筋の人たちだそうだ。
京都には和泉の関係者が営んでいるお店や会社がたくさんあって、店名や社名に〝泉〟が入っているところは、だいたいが関係筋だそうだ。
「も、もしかしてここのホテルも?」
今、彩芽たちがいるのは京都で最も有名な『京都 泉ホテル』だ。
「そう」あっさりと返事が返ってきた。
「ひょっとすると、いずみ百貨店とかも?」
「そうやな」
「ひー!!」
彩芽は変な叫び声をあげてしまった。
『いずみ百貨店』は彩芽の勤めるくらき百貨店とは違い、支店を全国に展開している大きな百貨店だ。海外にも支店がある。
「いずみ百貨店も分家なの?京泉が本家?」
「うん」
神妙な顔でタロちゃんは頷いた。
「俺は本当はただの和菓子職人でいたかった。それが俺のやりたいことや。でも和泉本家の当主になることが決められている身では、それは無理な話。そこにすごく葛藤があった。
『まつの』を辞めるとき、トキさんが『やりたいこと、やるべきこと、どちらもやりとげて』と言ってくれた。
コンクールで金賞を取った。これは俺がやりたかったことの成果や。
『和泉の伝統を守る』それは本家の長男として生まれた俺の『やるべきこと』。やりたいことを成し遂げたなら、次は『やるべきこと』をするだけや。そう思えたのはトキさんのお陰やな」
タロちゃんは、穏やかに微笑んだ。
和菓子を作っている間は切らないと決めていた髪もバッサリと切ったと、サバサバした口調で話すタロちゃんは清々しい表情だった。
タロちゃんの手をギュッと握る。
タロちゃんの肩には、目に見えない和泉の重圧がのしかかっている。
「タロちゃんが抱えるもの、私も少しくらい持てるかな…」
そっと呟くと、タロちゃんは手を強く握り返してきた。
「そばにおってくれたらいい。彩芽がいるだけで、心が落ち着くし強くなれる」
彩芽にできることはほんのわずかだ。でも、タロちゃんの一番近くにいて、支えていくことはできる。自分の出来ることをしていこう、強くそう誓った。