堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

今日は、久しぶりに三人そろって貴船に行く。悠太郎に初めてあの蛍を見せに行くのだ。

結婚してからの二年、タロちゃんはものすごく忙しかった。

副社長として周知してもらうため、世界中の支店を飛び回った。それがちょうど彩芽のつわりの時期と重なり、一人にするのは心配だということで、彩芽はよく貴船の別宅に預けられていた。

悠太郎が生まれてからも、タロちゃんがいないときはよく貴船で過ごしている。

三人で行くのはひさしぶりだが、彩芽と悠太郎は一ヶ月ぶりの貴船だった。


「おかえりなさいませ」

今日も笑顔で出迎えてくれるのは、彩芽が初めて会ったときに旅館の女将さんと間違えた静子さんだ。

静子さんはご主人の徹さんとともに別宅を管理してくれている人だ。徹さんは元は泉ホテルに入っている料亭の板前で、静子さんはそこの女将をしていたらしい。二人のことを気に入った会長が、引き抜いてきたということだ。

静子さんはいつも穏やかで優しく、徹さんはとても美味しい食事を作ってくれる。

彩芽がつわりで苦しかった時も、静子さんが親身になってお世話をしてくれ、徹さんは彩芽が食べたいと言ったものを何でも作ってくれた。

二人は彩芽にとって第三の両親なのだ。


「あー」

悠太郎は静子さんが大好きで、顔を見ると抱いてくれと手を伸ばす。

「悠太郎坊ちゃんは今日もいい子ですね」

静子さんに抱っこされあやされると、悠太郎は満足気に「あー」と言った。

「お食事まで私が坊ちゃんを見ていますので、篁太郎様と彩芽様はゆっくりしてください」

貴船に来るとお姫様のような扱いを受ける。あまり甘やかされ過ぎるとダメな人間になりそうなので、月に一回程度ゆっくりしたいときだけ訪れるようにしていた。

離れの部屋は、初めて来たときと何も変わらない。間接照明が穏やかに灯る、落ち着いた空間だ。

ソファーに座り、静子さんが淹れてくれた美味しいお茶と『十喜餡』の上生菓子を頂く。悠太郎は静子さんが連れて行ってくれたので、ゆっくりとお菓子を楽しむことができる。小さな子どもがいる母親にとって、こんな時間が何よりの贅沢だ。

上生菓子は、七月のお菓子、涼水をイメージした綺麗な水色の練りきりだ。

タロちゃんは和菓子職人を辞めた形になったが、暇を見つけては『まつの』でお菓子を作っている。この上生菓子もタロちゃんが作ったものだ。

『まつの』はいま、菊ちゃん夫妻がお店を切り盛りしてくれていて、祖父母は気が向いたときにだけお店に立つ日々を送っている。

今日も開店前にタロちゃんがお菓子を作りに行ったが、タロちゃんと菊ちゃんが二人並んでお菓子を作っているのを、祖父母は嬉しそうに見ていた。

「楽でええわ」
「ええ、ええ。ありがたいですねぇ」

二人はお茶をすすりながら、ニコニコとご隠居生活を楽しんでいるようだ。

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