堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
お茶と練りきりを食べ終えてくつろいでいると、タロちゃんがそっと手を伸ばしてくる。
「悠太郎がおると、いい時に邪魔されるからな」
ソファーに倒され、タロちゃんのいいようにされる。
結婚してから二年たっても、タロちゃんはいつも情熱的だ。
忙しくてなかなか二人の時間が取れないが、こうして時間が取れた時には愛情をいっぱい注いでくれる。
今回も、もうこれ以上は結構ですと言うほど濃厚な時間を過ごすことになった。
夕食の時間になり、「今日は床でお食事ができますよ」と徹さんが言ってくれたので、悠太郎は一歳にして納涼床デビューをすることになった。
なんとも贅沢なことだ。
川のせせらぎを聞きながらベビー椅子に座り、静子さんに離乳食を食べさせてもらう悠太郎。
「悠くん、楽しい?」
彩芽が聞くと、悠太郎は満足気に「あー」と声をもらした。
我が子ながら殿様感がすごい…
夫は武士で、息子は殿様。
何時代?という感じだが、素敵な家族に囲まれて楽しい日々だ。
食事を終えて、蛍を見に行く。
時間が少し早いが、遅くなると悠太郎が眠くなるので行こうということになった。
タロちゃんは悠太郎を抱き、器用に提灯を持つ。彩芽はタロちゃんの腕につかまって、そろそろと歩いた。
昨日まで降っていた雨のせいか、緑の匂いが濃い。足元もよく見えない暗闇の中、川の音を頼りに進んだ。
「この辺りやな」
タロちゃんはそうつぶやくと、提灯を消した。
途端にゆらゆらと浮かび上がる蛍。
圧倒されるほどの数ではないが、今年もしっかりと生育している。
珍しく悠太郎がパチパチと手を叩き、嬉しそうに「あー」と言った。
タロちゃんの腕の中から一生懸命手を伸ばし、蛍に触ろうとする。
「悠くん、だめよ」
彩芽が慌てて手を押さえようとすると、
「取れへんやろ。大丈夫」
タロちゃんはゆったりと悠太郎を抱え直した。
少しの時間で、蛍はどんどん増えていく。
三人で寄り添って見る蛍は、儚くて尊くて、心にしみわたる美しさがあった。
「綺麗…」
「ああ」「あー」
暗がりで見えないが、二人は同じような真剣な顔をしているんだろう。
彩芽は想像してクスっと笑った。
来年も再来年も、蛍はずっと綺麗な姿を見せてくれるだろう。
彩芽の幸せが続いていくように、ずっと変わりなく。
彩芽は幸せをかみしめて、夫と息子にそっと寄り添った。
**おしまい**