堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
夕方の五時を回る頃には、お客様の数も落ち着いてくる。
まったりしとした時間に、そのお客様は入ってきた。
カラカラという引き戸の音がすると、反射的に声が出る。
「いらっしゃいませ!」
振り返りながら、一瞬動きが止まった。
甘味処のお客様にしては珍しい、男性お一人のお客様だった。
店内のお客様の視線も集中する。人目を惹く容貌の若い男性だからだ。
背がとても高く、顔も申し分なく整っている。
でも、カッコよさよりも、長髪を一つにキリッと結んだ髪形と、するどい眼光の方に目を奪われた。
……武士??
着物を着てるわけでも、もちろん刀を差しているわけでもない。でも、見た感じが武士のようなのだ。もちろん本物をみたことはないのでイメージだけど…
「い、いらっしゃいませ…」
もう一度声をかける。
険しい顔のまま佇んでいるので、「お好きな席にどうぞ」とさらに言葉を重ねてみた。
お客様だよね?まさか討ち入り!?
討ち入りされる理由などないが、そう思わずにはいられない雰囲気だった。
空いた席に収まった武士さんは、テーブルの上の御品書きを見ている。
恐る恐るお茶をお出しすると、「ぜんざいとおはぎ。一つずつ」と低い声で注文をした。
怖っ!!
なんでそんなに怖い声で注文するのよ。
そそくさと奥に戻り、祖父に注文を通す。柱の陰から伺ってみると、武士さんは腕を組み考え込むように目を閉じていた。
店内もどことなく緊張が走る。
どうしたものかと、落ち着かない様子でいると、カラカラと引き戸が開いて、またお客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ」と声をかける。またもや若い男性一人のお客様だ。
でも、顔を確認して今度はホッと安堵する。
「若旦那さん、こんにちは」
常連客で、近所にある老舗呉服屋『いわくら』の若旦那だった。
「彩芽ちゃん、今日も手伝いか。えらいな」
またしても、『お手伝いえらいな』。
若旦那はとても素敵な人だ。いわゆる塩顔というのだろうか。あっさりとした和服の似合いそうな顔立ちをしている。
そんな素敵な男性に子ども扱いされてどうなの?と思うけれどしょうがない。確か若旦那は、九歳年上のはずだった。
店内の女性客は、再びのイケメン登場にざわついたが、こちらは、物腰も柔らかな正統派イケメンだ。店内の緊張した空気もすっとほぐれた感じがした。
「おはぎ、包んでもらえるかな?六個お願い」
「かしこまりました。お茶をお持ちしますね。空いた席でお待ちください」
お互い、にこやかにやり取りを交わす。
これよ!
これがお客様と店員の心温まるやり取りでしょ。
武士さんにチラッと目を向けるが、目を固く閉じたままだった。