堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
若旦那は、店内を軽く見渡したが、武士さんの所で目が留まったようだ。
「タロウ? タロウちゃうんか?」
まさかの知り合い!?
ギョッとして、店の奥に行こうとしていた足が思わず止まる。若旦那は嬉しそうに、武士さんの前に座った。
武士さんは閉じていた目をゆっくりと開き、若旦那を見ると、無表情のまま「岩倉か…」と一言呟いた。
それだけ!?
思わず突っ込みそうになった。
若旦那は嬉しそうに声をかけているのに、返事はそれだけか!
若旦那はひるむことなく話しかける。
「久しぶりやな。お前一人で来たんか?何してるんや?」
「何って。食いに来た」
武士さんは、淡々と答える。
二人の温度差がすごい…
「お前、相変わらずやなぁ」
若旦那は嬉しそうに笑った。
なんだかよくわからないが、これが普通のやり取りらしい。
「ぜんざいとおはぎ、上がったよ」
祖父の声がしたので、慌てて奥に戻った。
得体の知れない武士さんだが、『いわくら』の若旦那の知り合いだとわかったことで安心した。仲がいいのか、悪いのかは判断しづらいが、武士さんを『タロウ』と呼び捨てにするくらいには親しいみたいだし。
「お待たせしました」
ぜんざいとおはぎを〝タロウ〝こと武士さんに、お茶を若旦那にお出しする。
「今、お持ち帰りのおはぎを用意しますので、しばらくお待ちください」
若旦那に笑顔で告げて、ふと、タロウさんを見てまたギョッとした。
タロウさんはおはぎを目の高さまで持ちあげ、厳しい目つきで見ている。
次に、クンクンと匂いを確認し、あんこを一粒指でつまんで潰した。
柔らかさを確認しているようだ。
そして、おはぎを菓子楊枝で切り、一口口に入れる。目をつぶったまま咀嚼したかと思うと、目をクワッと見開いた。
「むっ…」
そう呟くと、今度はぜんざいの器を取り上げる。
箸で小豆を取り出して、また柔らかさを確認したかと思うと。口に入れて大きくうなずいた。
お客様をこんなにジロジロと見てはいけないとわかってはいるが、もう目が離せない。
この人、一体なに!?
怯えた目で若旦那を見ると、若旦那は苦笑いをしながらタロウさんを諭してくれた。
「タロウ、ほんまに相変わらずやな。彩芽ちゃんがびっくりしてるやろ」
注意されたにも関わらず、タロウさんは若旦那を見ることもしない。
真剣な顔で私を見ると、渋い声で言った。
「この餡を作った人を呼んでください」