堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
「どうぞ」
素敵なバリトンの返事が聞こえる。
そう言えば、タロウさんもバリトンだったな。ふと思い出して、祖母のことが頭をよぎる。
「どうした?」
扉を開けたまま一瞬立ち止まった彩芽を見て、不思議そうに副社長が訊ねた。
「あっ!失礼しました。おはぎを持ってきたので、三時のおやつにいかがですか?」
いけない、いけない!ボケっとしてる場合じゃなかった。
お盆を掲げながらお伺いをたてると、副社長は嬉しそうに頷いた。
「おっ!ちょうど甘いもんが食べたかったところや」
彩芽と入れ違いに、結城さんが出ていこうとする。
「結城さんの分もお持ちしましたけれど、お出かけですか?」
「ちょっと急ぎの用事があるので出てくる。帰ってきたら頂くから、残しといて」
そう言って、結城さんは慌てて出ていった。
「二人分持ってきたんやったら、松野が食っていけ」
来客用のソファーに移動しながら、副社長が手招きをする。
副社長とお茶!?
いきなりのお誘いに動揺する。こんなこと初めてだ。
「仕事中ですが、大丈夫でしょうか」
おどおどする彩芽に、「おはぎを一緒に食おうと誘うのは、セクハラやパワハラになるんか?」と副社長が心配した。
うちの会社には、この四月にコンプライアンス課ができた。セクハラやパワハラなどから社員を守るためだ。副社長の奥様である吉木さんは、まさにそこの課に異動したところだった。
パワハラなんてとんでもない!
余計な気を使わせてしまった。
「いえいえ!ぜひ一緒に頂かせてください」
副社長の対面に腰を掛けて、二人でほっこりとお茶の時間を過ごすことになった。