堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

「トキさんは元気やったか?」
おはぎを頬張りながら、副社長が訊ねてくれる。

「元気には元気なんですけど…」
ちょうど気になることがある最中なので、答え方も歯切れが悪くなる。

「どうしたんや?さっきも変やったし」

心配事を抱えている時は、親切にされると堪え切れなくなる。

プライベートな話を副社長に聞いてもらうことに気は引けたが、思わず昨日の話をしてしまった。

「いきなり弟子にしてくれっていうのはかなり変わったやつやな。怪しい感じのやつなんか?」
副社長が心配そうに聞いてきた。

「怪しくはなさそうなんですけど。『いわくら』の若旦那のお友だちみたいなんで」

「『いわくら』の若旦那の友だち?」

副社長がグッと前に出るようにして言うので驚く。『いわくら』は有名な呉服屋さんなので、副社長も当然知っていると思って話したが、予想を超えた反応が返ってきた。

「名前はなんや?若旦那は何て呼んでた?」

「〝タロウ〟って呼んでました。変なところがあるけど、真面目ないいやつやからって。和菓子屋さんやっておっしゃってましたけど」

副社長は突然はじけたように笑い出した。

「タロウか!あいつも相変わらずやな」

「副社長もお知合いですか?」

驚いた。タロウさんって有名人?

「前に、『まつの』の近くに友人がおるって言うたやろ。あれは『いわくら』の若旦那のことや。岩倉仁(いわくら しのぶ)は中学時代からの友人で、タロウは俺と仁の大学のゼミ仲間や」

可笑しそうに、副社長は話を続けた。

「大学は経営学部やったけど、タロウは夜間の製菓専門学校にも通ってた。学生時代から頭の中は和菓子でいっぱいなやつやった」

「和菓子を知るには、洋菓子のことも知らなあかん、とか言って、洋菓子の勉強もしてたな。仁が言うように、ちょっと変わったところがあるが真面目ないいやつや。純粋にトキさんのあんこに魅かれたんやろう」

副社長は、うんうんと納得するように頷いた。

「タロウの身元は俺と仁が保証する。安心して大丈夫や」

彩芽はふっと息をついた。よかった。こんなに安心できる保証があるだろうか。ちょっとどころか大いに変わったところがあるが、タロウさんは大丈夫らしい。

「安心しました。昨日からずっと気がかりだったので」

「そんなことがあったら心配するのも当然や。困ったことがあったら、いつでも言って」

副社長に勇気づけられて、デスクに戻る。ひとまずタロウさんのことは置いとこう。今日は定時で終わらせないと。

そこからは集中して、仕事に没頭することができた。
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