堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

仕事を終えて急いで家に帰ると、母は普通に夕食の支度をしていた。

「おばあちゃんは?どうやった?」

勢い込んで聞く彩芽に、母は朗らかに話し始めた。

「大丈夫。タロちゃんはいい人やから」

タロちゃん?
たった一日で、その距離の近さはなんだ?

困惑する彩芽のことを気にすることもなく、母は話し続けた。

「タロちゃん、『京泉』の人なんだって。どうしてもおばあちゃんのあんこを習得したいって言うから、『まつの』で三ヶ月間預かることにしたそうよ」

『京泉』は、超有名な和菓子屋さんだ。創業は京都だが、今や日本全国のみならず、海外にまでお店を展開する和菓子屋になっている。

株も上場しているので、和菓子屋というか製菓会社の部類に入るだろう。くらき百貨店にも店舗が入っていた。

「『京泉』!?そんなすごいお店の人が、おばあちゃんのあんこを習得したいって?」

大きく頷きながら、母は感心したように言った。

「そう。おばあちゃんのあんこ、美味しいとは思ってたけど、ほんまに美味しいんやねぇ」

『京泉』規模だと、お菓子は全部工場で大量生産しているはずだ。それなのに、あんこの修行なんて、する意味あるんだろうか。

「おばあちゃんが直に『京泉』の上の人と話して、修行の条件を話し合ったみたいよ」

「おばあちゃん、昨日『京泉』に行ってたの!?」

上の人って。誰と話したのかは知らないが、いきなり小さな甘味処のおばあちゃんが現れて、よく話をしてくれたものだ。

「お給料を払う余裕はないから、住み込みで家賃と光熱費はタダ。まかないつき。早速今日から、おばあちゃんの家にタロちゃんがいるわよ」

「!!!」

驚きの余り口をあんぐりと開けている彩芽に、「そんなに驚かなくても」と母はのん気に笑った。

タロウさんは、昨日の夕方に現れたのだ。『京泉』の人だというだけで、そこまで信用してもいいものなのか?

「お母さん、反対しなかったん?他人を家に住まわせるなんて。危険かもしれないのに!」

食ってかかる勢いの彩芽に、母はのんびりと答える。

「お父さんも了承済みやから、大丈夫」

父も了承したのか…。
松野一家、こんなにのん気だった?知らなかったが家風らしい。

「彩芽も、来週行ってみたらわかるわよ。タロちゃんいい人やから。早く着替えてきて。もうすぐご飯よ」

鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、母は食事の支度を再開した。

彩芽はぽつんと立ち尽くす。

わたしだけ、疎外感がある気がするのは気のせい?

タロちゃん?
なんだその呼び方。

混乱する頭で、彩芽はとぼとぼと自室に向かって行った。
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