堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
お店の前で深く息を吸う。
なんだか緊張するなぁ。
覚悟を決めて引き戸を開けるとスッと開いた。立て付けが悪くなっていて、開けにくかったはずなのに。
ソロソロと入り、「おばあちゃーん、来たよ」と店の奥に声をかけた。
「あぁ、彩芽ちゃん。いつもありがとね」
いつもと変わらない祖母の笑顔にホッとする。
「ううん、おばあちゃんこそ大丈夫?」
「なにが?」
キョトンとしながら聞きかえしてくるところを見ると、本当に何を聞かれているのかがわからないようだ。
「あの、タロウさんのこと?」
「あぁ、彩芽ちゃんは最初に会ったきりよね。もう何年もいる気がするけど」
コロコロと笑いながら、「タロちゃん!」と店の奥に声をかけた。
「はい」
記憶のままの渋い声がして、タロウさんが登場した。
やっぱり背が高い。見上げるようだ。最初に見た時に思った通り、モデルのように整った顔。あの時は、その後のインパクトが凄すぎて、容姿の良さは二の次だったけど。
長髪を一つにキュッと結んでいるのはこの前と同じ。ただ、顔つきはずいぶんと穏やかに見えた。
作務衣を着て、祖父と同じ黒のエプロンをつけている。本当にここで働いているんだと改めて認識した。
ついまじまじと見てしまったが、タロウさんも同じように見ているのでお相子だ。
「こちらタロちゃん。そして、こちらが孫の彩芽ちゃん」
交互に紹介してくれるが、なんともざっくりしている。
「先日は失礼しました。孫の彩芽です」
頭を下げると、「こちらこそ、驚かせてしまってすみませんでした」と返ってくる。
おっ!まともな返し。
ぎこちなく挨拶を交わすけれど、前回よりずっと好印象だ。
「あら!そんな固いのは止めましょうよ。〝タロちゃん〟〝彩芽ちゃん〟でいきましょ」
もどかしそうに祖母は身をよじらせた。
妙にテンションが高い…
気まずいので、タロちゃんに関係なさそうなことを聞いてみる。
「お店の引き戸、開けやすくなってた。直したん?」
「タロちゃんが直してくれたのよ。ちょちょいのちょいとね」
「……」
結局タロちゃんに話が戻ってしまった。
嬉しそうな祖母に促されて、いつものように着物に着替えにいく。
「おじいちゃん、彩芽きてるよー」
声をかけると、祖父は椅子に腰をかけてお茶を飲んでいる。
「おぉ、今日もありがとさん」
まったりとお茶をすすりながら余裕のある笑顔だ。
「もう支度終わったの?」
作業台をみると、おはぎがたくさんトレーに収まっている。
「ああ。タロちゃんがやってくれるから、楽なもんや」
ふふっと笑って、またお茶をすすった。
「……」
タロちゃん効果が溢れかえっている。どこもかしこもタロちゃん様様だ。
いつも清潔に保たれている家の中も、今日は殊更きれいな気がする。
もう聞くまでもないが…
「タロちゃん、掃除もしてくれてるの?」
「〝修行は掃除から〟なんですって。朝早くから家中ピカピカにしてくれるのよ」
クスっという笑い声とともに、予想通りの返事が返ってきた。