堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
午後の遅めの時間に、からかう気満々の副社長がやってきた。奥さんの吉木さんも一緒だ。
「ほんとに見に来たんですね。奥様まで巻き込んで」
ちょっと呆れて言うと、「当たり前や。これが見ずにおられるか」とご機嫌だ。
「いいのよ。わたしも松野さんのおばあ様のぜんざいが食べてみたかったの」
優しい吉木さんはちゃんと副社長のフォローをした。
タロちゃんを呼べと言うので、奥に声をかける。出てきたタロちゃんは、副社長の顔を見ると嫌そうな顔をした。
「倉木か」
「タロウ、住み込みであんこの修行か!面白いこと始めたな」
「余計なこと言わんでいい。早く食って帰れ」
腕組みをして、タロちゃんはムッとしながら言った。
「客に対して偉そうやな」
副社長がニヤニヤと笑う。
「本当にお友だちなんですね」
彩芽が感心したようにいうと、タロちゃんは「倉木のこと知ってるんですか?」と意外そうに聞いた。
「松野はうちの秘書やぞ。お前の秘書…」
「そちらは?」
副社長が言いかけたところを、タロちゃんは遮るように言った。吉木さんを紹介するように催促する。
「あぁ、俺の嫁さんや」
副社長は少し怪訝そうな顔をしたが、吉木さんを紹介した。
「美織と申します。よろしくお願いします」
吉木さんはにこやかに挨拶をする。
「初めまして。二人ともぜんざいでいいですか?」
「はい!松野さんからおはぎはよくいただくんですが、ぜんざいを食べてみたかったんです」
嬉しそうに吉木さんは手を合わせた。
「彩芽さん、ぜんざい二つお願いします」
タロちゃんに促されて、奥に注文を通しに行く。タロちゃんは、そのまま残って副社長と話をしていた。
何か不自然な気がするけど…
副社長がさっき言いかけて遮ったこととか。
タロちゃんの背中越しに見える副社長は、少し苦笑いをしているように見えた。
タロちゃんの友だちは、みんな苦笑いしてる。この前の『いわくら』の若旦那もそうだった。
『少し変わったところがある』
若旦那も副社長もタロちゃんのことをそう言った。タロちゃんには、彩芽の知らないことがたくさんある。胸がチクっと痛んだ。