堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

松野彩芽(まつのあやめ)は京都にある『くらき百貨店』通称『くらき』に勤める入社五年目のOLだ。

『くらき』は、京都に一店舗しかない地域密着型の百貨店で、京都でしか手に入らない物を主として販売している、面白い視点の百貨店だ。『京都の物なら何でも揃う』という会社のキャッチフレーズのもと、老舗の和菓子、京懐石のお弁当、伏見の地酒…等々を取り揃えてお客様をお持ちしている。

百貨店業界は低迷しているが、その中でも、独自の品ぞろえ戦略で売り上げを伸ばし続けている『くらき』はなかなか稀有なお店と言えるだろう。その勢いのまま、来年の四月にはJR京都駅に直結する『くらき 二号店』を出すことが決まっていて、会社の未来は明るいと、社員の士気も上昇していた。


いつも以上にごった返す、従業員専用口をすり抜けるようにして館内に入ると、前方に周囲の人から頭一つ分抜き出たグレーのスーツ姿が見えた。

足早に近づき、「おはようございます!」と声をかける。

「あぁ、松野さんか、おはよう」

にこやかに挨拶を返してくれるのは、上司の結城さんだ。

彩芽は秘書課に所属しているが、個人付きの秘書ではなくチーム秘書だ。
仕事内容は一般事務に近く、個人付きの秘書の仕事をサポートする役目を担っている。

結城さんは副社長付きの秘書で、秘書課の課長でもあった。

「今年は新入社員がやけに目につきますね」

並んで歩きながら周りをキョロキョロと伺ってみる。

「去年の二倍いるからな。今年は秘書課も増員される可能性があるから、松野さんはやっと先輩と呼んでもらえそうやぞ」

ニヤッと笑いながら結城さんがからかってきた。

大きな会社ではないので、秘書課もこじんまりとしており、個人付きの秘書四人とチーム秘書二人しかいない。彩芽は秘書六人の中では最年少で、いつまで経っても子ども扱いされていた。

今年は二号店のこともあって、新入社員が例年の倍いるらしい。秘書課にも四年ぶりに新人が入ってくるかも、と言われていた。

「秘書課の末っ子からの卒業を目指します!」

五年目にして初めて後輩ができるかもしれない。彩芽も今年の四月一日は期待で胸を膨らませていた。

「配属されるとしたら一ヶ月後やから。指導係期待してる」

「はい!わかりました」

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