堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
四月が終わり、電車の込み具合もマシになってきた。
彩芽は機嫌よく、電車に揺られている。
気分がいいのは、もちろん電車の混雑がマシになってきたからだ。でも、それだけじゃないこともわかっていた。
タロちゃんが来て一ヶ月が過ぎたが、彩芽はどの週末も『まつの』に通っている。
土曜、日曜連日だ。タロちゃんがいてくれるので、そこまで足繁く行く必要はなくなったのに行っている。そのことが、平日の機嫌の良さに繋がっているのは間違いない。
最初は宮本さんにも「また来たんか」と驚かれていたが、今はもう何も言われない。
どうやら奥さんから、余計なことは言うなと釘を刺されたらしい。「男の人はこういうことには疎いから」と、意味ありげに宮本さんの奥さんに言われて困ったが、何も言われなくなったのはありがたいことだ。
東山第三班婦人部の皆さんも、週末は料理の差し入れをしにこない。
相変わらず伝達は徹底されている。
母はタロちゃんの食事を作ることに生きがいを見出したようだ。
この前はパエリアを鍋ごと持たされて、さすがに文句を言ったが、「だってたまには洋風のものも食べたいかと思って…」と、悲し気に言うので頑張って持って行った。
「土曜は何作ろう」と楽しみにしている母に、頼むから軽いものにしてと祈るばかりだ。
修行中のタロちゃんは行くたびに新しい驚きをくれる。
タロちゃんが来て初めての週末に、三笠を試作してくれたが、翌週には、もう作業場の隅に鉄板が設置されていて驚いた。タロちゃんが中古の出物を安く見つけてきたらしい。
タロちゃんがどんどん皮を焼いて、祖父があんこを挟んでいく。生き生きと新しい作業を楽しんでいる祖父を見て、祖母も嬉しそうだ。
小ぶりの三笠の中央には『まつの』という焼き印を押すらしく、彩芽が喜んで「やりたい!」と言うと、タロちゃんは「どうぞ」とクスっと笑って焼き印係をやらせてくれた。
ふんわりとした三笠の皮に、小さく『まつの』という字がおさまる。かわいい三笠は確かに『まつの』の雰囲気によく合っていた。
持ち帰り用にセロファンも用意されていて、準備万端。
お店で食べるよりも持ち帰りをする人の方が多く、その日のうちに人気商品になった。
週明けの月曜日に、会社に差し入れをしてみたところ、美鈴さんも副社長もすごく喜んだ。二人とも、残った分を自宅に持って帰りたいと言い張り、争奪戦まで繰り広げられる始末だ。
副社長に対しても遠慮のない美鈴さんは、じゃんけんで勝った時に「よっしゃー」とガッツポーズし、負けた副社長の機嫌がしばらく悪くて難儀した。
「もう店で出してるなら、来週また食いに行く」
拗ねるように言われて苦笑いだ。
副社長がタロちゃんを冷やかしに来たあの日に関しては、一言だけ副社長から話があった。
「あいつもいろいろと考えることがあるらしい。三ヶ月は短い期間や。タロウをよろしく頼む」
それだけ。
いろいろと聞きたい気もするが、彩芽が口出すことではない。
「はい」とだけ、応えておいた。