堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
三笠が落ち着いてきた頃、タロちゃんは、彩芽に「何の和菓子が好きですか?」と聞いてくれた。
とても難しい質問だ。
うーんと考えて、「大福とか」と言うと、タロちゃんは笑って頷いた。
タロちゃんは彩芽が何か言うたびにいつもクスっと笑う。普段は真面目な顔をしているのに、彩芽とのやり取りの時だけ表情が柔らかくなる。
今回また笑われたので文句を言うと、「そう言うやろなと思った通りのことが返ってくるから面白い」と言われた。
単純ってこと?大福が好きそうな顔してるとか?
憮然とすると、「大福は、温かくて飾らない人柄の彩芽さんのイメージに合ってるということです。あと、素直な人やから、言うことがだいたいわかるんです」と、目を細めて言われてちょっと赤面した。
彩芽もタロちゃんと過ごすうちに、いろんなことがわかるようになった。
最初怖かった鋭い目つきの時は、何かを一生懸命考えている時だ。そういう時には話しかけない。そっとしておけば、いつの間にか普通のタロちゃんに戻っている。
髪を長く伸ばして結んでいるのは、作業中に煩わしくないからだ。
髪の毛が中途半端なのが嫌で、坊主にしていたことがあったそうだが、伸びてくるとしょっちゅう刈らなければならない。そこで、今の髪形に収まったらしい。
「和菓子を作る間はこの髪形でいきます」
真剣な顔で宣言するタロちゃんの坊主頭も見たかったと思う。それだと、武士じゃなくて僧侶に見えたかもしれない。
タロちゃんは彩芽が大福を好きだと言った次の日に、大福を作ってくれていた。
柔らかく伸びるお餅をパクっと食べて、「おいひい!」と喜ぶ彩芽を見て、タロちゃんはまたクスっと笑った。
『まつの』は小さな店なので、手広く商品を展開するのは難しい。
彩芽がリクエストする草餅や桜餅など、その後もいろいろと作ってくれたが、それは修行の一環でということだ。『まつの』で出すことはできない。
タロちゃんが『京泉』で商品化してくれるだろうか。楽しみなようで、寂しいようで、複雑な気持ちになる。
タロちゃんが『まつの』に来て、一ヶ月が経った。残りはあと二ヵ月だ。
余計なことは考えるまい。
仕事も休日も充実している。毎日がとても楽しい。
彩芽は、今を楽しむことにした。