堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
お茶碗を片付けながら、今のやり取りを思い返す。
軽く聞かれただけなのに、あそこまで真面目に答える必要ある?
『違います。この方はここのお嬢さんで、私は修行をしている身です』
タロちゃんの堅い声を思い出して、彩芽の気持ちはどん底まで沈んだ。
もうダメだ、今日は帰ろう。体調が悪かったしね。カルシウムも足りないし。
おはぎをお皿に移していた、祖母に声をかける。
「おばあちゃん、ちょっと疲れたみたい。もう帰ってもいい?」
「あら!顔色がよくないわ。もちろん、今日はもう帰って。明日も来ちゃダメよ。ゆっくり休みなさいよ」
祖母が心配そうに、背中を撫でてくれた。温かい祖母の手。彩芽に必要なものはこれのはず。
タロちゃんなんて、どうでもいいじゃないか。
彩芽は帰り支度を済ませると、タロちゃんが接客をしている間にサッと店を出た。タロちゃんに声をかけずに帰るなんて、初めてのことだ。
とぼとぼと石畳の道を歩く。
百合ちゃんのことにしても、タロちゃんのことにしても…
なぜこんなにイラっとしてしまうんだろう。
彩芽は、自分がこんなに短気で未熟な人間だったことを初めて知った。思い通りにいかないと拗ねるなんて、子どものすることだ。
今日一日の態度を思い返して、泣きそうになった。
「彩芽さん!」
タッタと走る足音が近づいてきた。
振り返ると、タロちゃんがいた。エプロンをつけたままだ。
「一日中、沈んだ顔だったので心配してたんです。具合悪いんですか?大丈夫ですか?」
優しく声をかけられて、グッとこみ上げてくるものがあった。慌てて下を向き、懸命にこらえる。
「うん、大丈夫。ちょっと最近仕事が大変で、疲れが溜まってるみたい。今日はもう帰るね」
下を向いたまま、精一杯の明るい声で答えた。
「これ。今日のお菓子です。忙しくて食べる時間がなかったので、持って帰って召し上がってください」
タロちゃんは、持ち帰り用の紙袋を手渡してくれた。
渡されるときに、指がかすかに触れ合う。タロちゃんはサッと指を引っ込めた。
「ありがとう。家で頂きます」
彩芽はクルッと背中を向けると、急ぎ足で立ち去った。
なんかもう気持ちがぐちゃぐちゃだ。
家に帰ると、「もう帰ってきたの?」と、母に驚かれる。
「うん…」
そのまま自室に向かう彩芽の背中に、心配そうに声がかかる。
「具合悪いの?大丈夫?」
みんなに心配をかけて、私は一体どうしたいんだろう。
「大丈夫。ちょっと横になる」
ぎこちなく答えて、今度こそ部屋に向かった。
小さなテーブルに、紙袋を置く。
中を確認すると、上生菓子が四つ入っていた。
五月のお菓子。菖蒲(あやめ)の花をイメージしたものだとすぐに分かった。
タロちゃんが作ってくれた菖蒲のお菓子。
こらえきれなくなり、涙がこぼれる。
泣きながら食べたお菓子は、甘く口の中で溶けた。