堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
和やかに話しながら秘書課に着くと、すぐに朝のルーティーン作業を始める。
部屋の清掃は業者の人がしてくれるけれど、机周りまでは手を入れない。
だから、彩芽は役員の個々のデスクを綺麗に整えることを朝の習慣にしていた。これは特に彩芽の仕事ではなかったが、綺麗なデスクの方が仕事がはかどるだろうという親切心のようなものだ。
〝おまけ〟ということで、先輩方のデスクも拭き、観葉植物の手入れをし、給湯室も簡単に掃除する。〝おまけ〟が多いわよ、と美鈴さんには呆れられているが。
「おはよう、彩芽ちゃん」
チーム秘書の先輩、近江美鈴(おうみ みすず)さんが出勤してきた。
美鈴さんは彩芽の九歳年上で、五歳の男の子、翔(しょう)君のいるママさん社員でもある。
以前は社長の個人付き秘書をしていたが、出産を機に今のチーム秘書に移った。
個人付き秘書は出張もあるし残業も多い。美鈴さんの負担を減らすためにチーム秘書に配置換えをしたわけだが、結果的には、この配置換えが秘書課全体の仕事の効率をものすごく上げた。
秘書課の課長は結城さんだが、実質秘書課を回しているのは美鈴さんだ。
美鈴さんは個人付きの秘書たちの仕事量を常に把握し、過多になっている分を彩芽と美鈴さんに振り分ける。気配り、目配りで右に出るものがいない、『サポートの天才』と呼ばれているのだ。
彩芽にとっては、優しい年の離れたお姉さんのような存在で、とても尊敬する人だった。
「また全部やらせてしまった!いつもごめんね」
美鈴さんがシュンとして謝るので、慌てて否定する。
「私がやりたくてやってることですから!ただのお節介なので、お気になさらず」
実際、美鈴さんの仕事量は彩芽の比ではないのだ。これくらいさせて下さいと頭を下げるのは彩芽の方だった。
「従業員専用口が新入社員の子たちで溢れかえってて驚いた。今年は例年の二倍って聞いてたけど、目の前で見るとホントにすごいねぇ」
役員に出す朝のお茶を二人で用意しながら、ほのぼのと話をする。
『サポートの天才』美鈴さんは、仕事はテキパキこなすが、普段はおっとりとした京美人そのものの人だ。
「確かにすごい人数ですよね。でも、同期が多くて心強いかも」
茶碗を温めていたお湯を捨て、丁寧にお茶を淹れる。
「お茶くみなんて」と嫌がる人も多いと思うが、彩芽はこの仕事が好きだった。
祖母仕込みの方法で淹れたお茶は、役員の方々からも好評だ。
「私なんて、もう数えるぐらいしか同期は残ってないわ。一番近くにいる同期が副社長やもの」
美鈴さんが、ぼやくように言うので笑ってしまう。
確かに一番身近な同期が副社長では、頼るに頼れない。
その点、彩芽には気楽に話せる同期が何人かいるので助かっていた。