堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
タロちゃんの修行最終日がきた。
開店と同時に、東山第三班の皆さんが続々とやってくる。
「タロちゃん、このままおったらええねん」
「ほんまや。タロちゃんがおらんようになったら寂しなる」
みんな口々に騒ぎ立てた。
「お世話になりました。また寄せてもらいますので」
タロちゃんは一人一人に丁寧に頭を下げる。
「彩芽ちゃんのことは任しとき。わしが変な虫から守っとくからな」
宮本さんが胸を張って言った。
いや、変な虫がきたことなんてないから…
彩芽は困ったような顔をし、タロちゃんは笑っていた。
最終日も普段通りの営業だ。雨のシーズンなのでお客様はさほど多くはないが、今日もシャカシャカとよく抹茶を点てる一日となった。
終わった後の貴船への小旅行のことを考えると少しドキドキするが、タロちゃんと働く最終日を楽しみたい。
彩芽はいつも以上に明るく振る舞ってみせた。
閉店時間を迎えて、片づけを済ませる。
タロちゃんは、最後に祖父母に深々と頭を下げた。
「本当にお世話になりました」
「いいえ。こちらこそお世話になりました」
祖母はコロコロと笑って頭を下げた。
「いなくなった後のことまで、考えてくれてありがとうね」
タロちゃんがいなくなった後は、『京泉』から交代で職人さんが手伝いに来てくれることが決まっている。
職人さん達の研修の一環ということだが、本当にありがたい。
「自分のすべきこと、したいこと。どちらもやりとげてくださいね」
祖母が師匠として最後の言葉をかける。
「はい、精進いたします」
タロちゃんは尊い儀式のように、深く頭を垂れた。
二人に見送られて、タロちゃんと『まつの』を後にする。二人の姿が見えなくなるのを待って、そっと手を寄せると、タロちゃんがぎゅっと握ってくれた。
「車を持ってきているから、車で行こう」
「わざわざ取りに行ったの?」
「…いや、持ってきてもらった」
相変わらず謎が多い。でも、今日は何も考えないと決めている。
楽しい思い出を作りたい。
それだけが彩芽の望みだった。