堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
辿り着いたのは、離れの部屋だった。
広い和室と、キングサイズのベッドのある洋室。どちらも間接照明だけのホッとする空間になっている。
和室は外に出られるようになっていて庭とつながっているようだ。
「露天風呂がある。一緒に入るか?」
「無理に決まってるでしょ」
彩芽は目を細めてジト目で見やった。
タロちゃんは恋人になったとたん、意外とぐいぐい来るタイプのようだ。
ハハッと軽やかに笑い、彩芽の手を取る。
「先に食事をしよう。もう準備もできてるはずや」
食堂に向かうのかと思いきや、庭の方に誘われる。ちゃんと外に出られるように、外履きも用意されていた。
庭に出ると、川のせせらぎのような音がする。
「川?」
不思議に思って聞くと、「庭の一角に川が流れてる」と説明された。
部屋を出たところには、部屋の中が見えないようにグルリと樹木が植えられているが、それを越えると確かに小川が流れている。
「プライベートビーチっていうのは知ってるけど、プライベートリバーって初めて見た!」
川には納涼床が造られていて、灯篭の灯りで浮かび上がる様は、まるで神殿のようだ。
彩芽は思わず歓声を上げる。
「すごい!他にお客様はいないの?私たちだけ?」
タロちゃんは頷いた。
何という贅沢!彩芽は目を丸くした。
川のせせらぎの音を聞きながら、極上の食事を頂く。少し肌寒いので熱いお酒を頼み、夢見心地で食事を終えた。
食事の締めに出されたのは、『京泉』の葛饅頭。
「私、葛饅頭大好き。でも、これ夏限定でしょ?一年中あればいいのに」
そう言って葛饅頭を楽しむ彩芽を、タロちゃんは優しい目で見つめていた。
食事の余韻に浸っていると、タロちゃんが腰をあげた。
「庭を散歩しよう。ちょうど今の時期が見ごろやから」
「見ごろ?」
タロちゃんは、不思議そうに訊ねる彩芽の手を取った。
庭は電灯もなく真っ暗だ。庭の散策には提灯(ちょうちん)を持って行くらしい。
「手に持つ提灯なんて初めて見た。ここにいるとタイムスリップした気分になるわ」
確かにここでは懐中電灯ではなくて、提灯がふさわしい。足元もよく見えない暗さの中を、タロちゃんの手を頼りに歩いた。
「この辺がいいか…」
タロちゃんはそう呟くと、提灯の灯りを消した。