堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

三人分のお茶を淹れ、副社長室をノックする。結城さんが開けてくれたので、中に入った。
御影兄妹が並んで座り、反対側にうちの副社長が座っている。

心配で百合ちゃんを真っ先に見ると、初めて秘書課に来た当時の百合ちゃんに戻ったかのようだった。

びくびくと怯えたような小さな体。大きな丸い目にはぼんやりと涙がにじんでいる。御影副社長は、そんな百合ちゃんを気にもせず、ぞんざいに言った。

「ほんまにこいつは何をやらしても愚図で要領が悪い。頭も悪いから、物覚えもよくない。恐らくいろいろとご迷惑をかけたと思います。預かっていただきありがとうございました」

うちの副社長は苦笑いをしている。

百合ちゃんの目からは涙がこぼれそうだ。でも、彩芽の方を見ると頑張って涙をこらえた。

前に、彩芽が職場で泣くのは我慢するように言ったからだ。

百合ちゃんの健気さに、彩芽は胸が傷んだ。

御影副社長はさらに言い募る。

「四月になったら、こいつの使い道がありそうなんです。何もできないやつですが、どうやら御影堂に役立つ目途がついたので」

百合ちゃんはそれを聞いて増々暗くなった。

「お言葉を返すようですが」
我慢が限界を超え、堪らず彩芽は口を挟んだ。

「百合さんは、愚図で要領が悪いなんてことはありません。任された仕事は丁寧にきちんとこなしてくれます。頭もよく字も綺麗で、社内ではとても頼られる存在なんですよ」

御影副社長は、突然話し出した彩芽に驚いているようだ。

それを視界に捉えていても、彩芽はどうしても我慢できなかった。

秘書課に来た頃の百合ちゃんに足りないものは、〝自信〟だった。きっと小さな頃からこうして、愚図だの頭が悪いだのと言われ続けたことが、当時秘書課に来た百合ちゃんを作り上げていたのだ。

コイツが元凶か!

頭に血が上った彩芽はもう止まれない。

「身内のことを謙遜でおっしゃられているのはわかりますが、百合さんは私の大事な後輩です。必要以上に悪く言うのは止めて下さい。しかも〝使い道がありそう〟なんて。物のように言うのはあんまりです!」

勢いに任せて言いきってから、ハッと我に返る。

御影副社長はポカンとし、百合ちゃんは目を丸くして驚いている。結城さんは眉間にしわを寄せ、後からこっぴどく叱られることは明白だった。

静まり返る中、クックッと笑う声が響く。うちの副社長だ。

「御影さん、うちの秘書はみんな優秀です。それは百合さんにも当てはまる。百合さんは、この松野に鍛えられてしっかりと仕事をしてくれていますよ」

「確かに松野の言う通り、百合さんの評価を下げるような言い方は感心しない。百合さんは〝くらき〟の秘書だということをお忘れなく」

うちの副社長にやんわりと諭されて、御影副社長はばつが悪そうな顔をした。

自分が招いたこととはいえ、居たたまれない雰囲気の中、彩芽はアタフタとお茶を出す。

「し、失礼しました」
挨拶もそこそこに部屋を出て、そのまま給湯室へと逃げ帰った。

< 64 / 107 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop