堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
百合ちゃんは退職が決まった後も、変わりなく淡々と仕事をしていた。憑き物が落ちたというか、スッキリと覚悟が決まったように見える。
『大人になった』
彩芽が言うのはおこがましいが、そんな感じに見えた。
タロちゃんからは依然として何の連絡もない。
小指の温もりもぼんやりとしてきて、最近では、あれは夢だったのでは…と思うことも増えてきた。
恋人期間がある程度あったのなら、ここまで悩むことはなかったのかもしれない。でも、彩芽とタロちゃんには貴船で過ごしたあの一日しかないのだ。
『彩芽、愛してる』
確かにそう聞いたような気がするが、それも幻だったのでは…
季節が冬に入って、心も寒々としていた。
でも、幸いなことに仕事が忙しい。二号店の開店まであと三ヶ月。ゆっくりと考える時間がないのはありがたかった。
会社の帰りに、たまに『京泉』本店に立ち寄る。
自分の勤め先にも支店が入っているのに、わざわざ本店にいくのは、本店でしか買えない限定品を買うためだ。
月替わりに出される、上生菓子が目当てなのだが、彩芽が行く時間には売り切れていることが多い。
それがわかっていても買いに行く。
こんなことをしていたら、タロちゃんに嫌がられるかなと思いながらも、同じ空間にいることを感じたい、その想いだけで立ち寄っていた。
暮れも押し迫ったある日。京都は小雪がちらついていた。
吐く息は真っ白で、電車から降りたばかりの体は急な寒さにぶるっと震える。
『寒いか?』
そう言って抱きしめてもらった日から、もう半年が経つ。
全く連絡がない人を待つというのは簡単そうで、なかなか辛いことだ。
『ずっと待ってる』と約束をしたけど、それを守っているのは彩芽だけじゃないのかと心細く感じ始めていた。