堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
彩芽の父方の祖父母は小さな甘味処を営んでいる。
祖父母二人だけで営業していて、他に従業員はいない。だから、小さな頃から休みの日は手伝いに行くのが習慣になっていた。
『くらき』で働き出してからも当然手伝う気でいたのだが、母に「会社に無断で手伝っていいの?」と心配されたので、入社してすぐに副社長にお伺いをたてた。
「給料は発生しないので、副業には当たらないと思うのですが…」
入社してすぐの新人が副社長と話すだけでも緊張するのに、個人的な内容の話だ。彩芽はしどろもどろで説明した。
すると、話を聞いた副社長が前のめりになった。
「お店はもしかして東山区にある『まつの』?」
「そうです。東山にある『まつの』です。もしかして、ご存じですか?」
祖父母の店『まつの』は本当に小さな店なのだ。副社長が知っているとは思えない。
でも、お店の場所まで断定されて、彩芽は心底驚いた。
「やっぱりそうか!松野っていう名前やし、もしかしたらと思って。そうか、松野はトキさんの孫なんか」と、副社長は嬉しそうに言った。
『トキさん』とは祖母のことだ。松野十喜子(まつの ときこ)という名だが、みんなに『トキさん』と呼ばれている。
「『まつの』の近くに親しい友人が住んでいて、昔からよく一緒に行ってたから、トキさんのことはよく知ってる。最近行ってないけど、元気にしてるんか?」
副社長は柔らかい表情で、祖母のことを気遣ってくれた。
「はい。おかげさまで元気にしています」
なんとも世間は狭い。意外な繋がりがあってびっくりだ。
「仕事に支障がない程度に手伝うなら、全然問題ない。たまにおはぎを持ってきてくれ。トキさんのおはぎは世界一やからな」
祖母の作るあんこは美味しい。孫である彩芽はもちろんそう思っているが、舌が肥えているであろう副社長に褒めてもらって感激した。
「ありがとうございます!そんな風に言っていただけたら祖母も喜びます」
そんな経緯があって、彩芽は『くらき』に勤めながら、ずっと祖父母のお店を手伝い続けている。たまに職場におはぎを差し入れながら。
今度の月曜日は、美鈴さんと約束したので多めに持っていこう。
喜ぶ美鈴さんを想像して、笑みがこぼれた。