堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
詠み終えた後も、彩芽は動くことができない。
タロちゃんが副社長、『京泉』の社長の息子で副社長だったという事実が彩芽を圧倒する。
タロちゃんが嘘をついていたわけではないのが救いだ。『京泉』の和菓子職人だったということは嘘ではない。
ただ、一番大事なことを黙っていただけだ。
インタビューは、見覚えのある部屋で撮影されていた。あの夏の日、彩芽が座り、タロちゃんに甘えて過ごしたソファーにタロちゃんは座っている。
撮影場所は小さく『和泉家別宅』と記載されていた。
旅館じゃない。あれは和泉家の別宅だったんだ。
どおりで他のお客様と会わなかったはずだ。のん気に一組限定の宿かと思っていた彩芽が愚かすぎる。
事実を知った今、不思議だったことの答え合わせができた。
いきなり弟子を居候させると祖母が言い出したときも、誰も反対しなかった。
『京泉』の副社長なら、何か事件が起こるなんて思わないだろう。
二人で食べ歩いたお店。どこも驚くほど丁重に迎えてくれた。当たり前だ。タロちゃんは、京都で最も上流階級の人と言っても過言ではない。
フッと彩芽は笑った。
タロちゃんが何者か、ずっと知りたかったことを雑誌が教えてくれた。
世間一般の人と同じレベルで事実を知る。
これがどんなに彩芽を傷つけることになるか、タロちゃんは考えなかったのだろうか。
涙がつっと溢れた。
『必ず迎えに行くから』
嘘ばっかり。そんなことできるわけがない。『京泉』の副社長が、彩芽を迎えに来る?
そんなおとぎ話を信じるほど、彩芽は子どもではなかった。
ケーキに『彩芽』と名付けたのは、贖罪のつもりだろうか。
雑誌を壁に投げつける。
とめどなく溢れる涙を拭う気力はもうなかった。