堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
新しい年が始まった。
仕事以外はずっと家に籠っていた彩芽だったが、節分の前にようやく初詣に行ってみるかという気になった。
人がまばらな神社で彩芽は二つのことを願う。
一つは「前に進めますように」
そして、もう一つは「和泉篁太郎さんが始める事業が成功しますように」
雑誌を読んでしばらくの間、彩芽は絶望していた。モヤっとした霧の中にいるようで、何も考えられない。ただ、職場と家の往復をするだけ。
副社長が気づかわし気に、「雑誌読んだか?」と聞いてきた時には、「はい」と答えた。
笑顔を無理やり張り付けたような顔で仕事をする彩芽に、副社長は「タロウを信じてやれよ」と言ってきたけれど、曖昧に笑うだけにとどめた。
タロちゃんのインタビューが掲載された雑誌は、経済誌にしては異例の発行部数を記録したらしい。
『和菓子王子は御曹司だった!』と世間はさらに盛り上がりをみせたが、タロちゃんは相変わらずマスコミには一切登場しない。その代わりに『京泉』と『御影堂』が始める新しいスイーツ店『カフェ・ド・イリス』が取り上げられ話題になっていた。
母に「タロちゃんって、『京泉』の副社長やったんやね…」と訊ねてみたが、「知らなかった?」ときょとんとされた。
祖母には「タロちゃんが黙っててほしいって言うから、内緒にしてたのよ。でもタロちゃんはタロちゃんだから」と慰められた。
辛いことがあっても日々は過ぎていく。
朝、起きて会社に向かい、無心に仕事をこなして家に帰る。
同じような毎日を繰り返しているうちに、彩芽の気持ちは少しずつ変化していった。