堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

時間って本当にすごい。

始めは全てが嫌で何も考えられなかったのに、だんだんと時が癒してくれる。

タロちゃんと過ごしたあの日々は本当にあったことだ。タロちゃんの彩芽に対する気持ちも嘘だとは思えない。タロちゃんが真面目な人だということは疑う気にならなかった。

ただ、現実的に考えて、タロちゃんが本当に迎えに来るとは思えない。

『必ず迎えに行く』

タロちゃんがそう思ってくれていたとしても、できないのがタロちゃんの立場だ。


でも、彩芽が作った作務衣を着て、『彩芽』という名のケーキでコンクールにチャレンジしてくれた。

そのことだけで充分じゃないの?

タロちゃんと過ごしたあの夜、『最初で最後の夜になっても後悔はない』と確かに思ったのに。

人間ってすごく欲深い。結局はどんどん次を求めてしまうのだ。


タロちゃんは、普通では経験できないことをたくさんさせてくれた。彩芽が一人では行けそうにないお店に連れて行ってくれ、和泉家の別宅にも招待してくれた。

それに、あの無数の蛍。

あの光景は生涯忘れることがないだろう。

調べてみると。和泉家の私有地を流れる川は、人の手で汚される心配がないので、蛍の生育に協力しているという記事を見つけた。

和泉家以外の人は見ることができない、幻の蛍だ。

彩芽は、あの日を辛い思い出ではなく、宝物にすると決めた。


『御影堂』との新事業はタロちゃんのやりたかったことだ。

『洋菓子、和菓子という垣根を越えた美味しいお菓子を作りたい。それがわたしの為し遂げたいことなんです』

熱く夢を語っていたタロちゃんの真面目な顔を思い出す。

タロちゃんの夢が叶った。

そのことを素直に嬉しいと思える自分に、彩芽はホッとした。

ここから先は、お世話になっている『京泉』と、『和泉篁太郎さん』の発展を祈ろう。二月になって、ようやくそんな風に思えるようになったのだ。

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