堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

「こんな手紙が届いたの」

祖母はそう言って、彩芽に白い封筒を手渡した。

あて名は『松野十喜子様、彩芽様』だ。裏を見ると、差出人は『和泉篁太郎』となっている。

封筒を持ったまま動かない彩芽に、開けてみてと祖母がうながした。

仕方なく彩芽は中身を取り出した。

「十喜餡(ときあん)?」

目に入ったのは、『京泉』が新しいお菓子を発表するというお知らせだった。

「そうなの。おばあちゃん、ついにあんこの名前になっちゃったわ」

そこには、『京泉』が『十喜餡』というあんこを使って、新しい和菓子のシリーズを発表するということが書いてあった。『十喜餡』は機械を一切使わず、職人が一から手作りをする特別な餡だという説明書きもある。

『十喜餡』という名前にちなんで、商品は常に十種類販売される。五種類は固定商品で、残りの五種類は季節によって変えていくということだ。

発売は四月予定になっている。

「すごい…。おばあちゃんのあんこが、本当に全国で食べられるのね」
彩芽は感嘆の声をあげた。

「名前までつけてもらわなくてもよかったんだけど…」
祖母は恥ずかしそうに笑った。

リリースは明日だ。

「明日発表なの!?」

「実は前から、この話は聞いてたの。でも、発表までは内緒にしてって言われてたから誰にも話してないのよ。知ってるのは、おじいちゃんだけ」

祖母は、シーっと言うように口に指を立てて、小さな声で囁いた。

「よかったね。こんな風に販売されたら、おばあちゃんの名前もあんこもずーっと残っていくよ…」
鼻の奥がつーんとする。

タロちゃんは、やっぱりタロちゃんだった。私が好きなタロちゃんは、ちゃんといる。『まつの』の餡を大事にして残していく道筋をつけてくれた。

彩芽は、もうこれ以上何も望むまいと深く思った。

「まだ、続きがあるの」

確かに手紙はまだ続きがある。

「記念パーティー?」

二月の第二週の土曜日にパーティーを開催すると、手紙には書いてあった。

「そうなんだって。タロちゃん、この四月から副社長さんの仕事に専念するからそのお披露目と、賞を取ったからそのお祝いが必要でしょ?あと、『御影堂』さんと新しいお店を出す記念と、この『十喜餡』の発表を、全部まとめたパーティーをするんだって」

それだけ重なったら、パーティーぐらいしないといけないだろう…

確か『カフェ・ド・イリス』も四月スタートだ。『京泉』は、この四月に大きな転機を迎えるらしい。

「そのパーティーで、おばあちゃん、紹介されるらしいのよ。『十喜餡』考案者っていうことで」

すごい!!

「おばあちゃん、有名人になるよ!」
興奮して声が大きくなる。

「恥ずかしいんだけど、冥途の土産にちょっと目立っちゃおうかしら」
祖母は、フフフと照れ笑いをした。

「パーティーには、おじいちゃんも招待されたんだけど、腰があんな風になっちゃって。だから、彩芽ちゃんについて来てほしいの」

それは…

パーティーに行けば、必ずタロちゃんと再会する。今のこの状況で会う勇気はさすがになかった。


返事ができない彩芽に、甘えるように祖母が言う。

「お願い、彩芽ちゃん。ダメ?もし彩芽ちゃんが無理なら、この話断ろうと思うんだけど…」
シュンとする祖母に『無理』とは言いづらい。

封筒には、招待状が二枚入っている。
『松野十喜子様』『松野彩芽様』だ。

手書きで書かれた宛名は、タロちゃんの字だ。何度か見たことがあるからわかる。
男らしい、ハッキリとした字。

タロちゃんは、一体どんな思いでこれを書いたんだろう。

再会したら『ごめん』と言われるのだろうか。それとも、何もなかったようにされる?

タロちゃんは、真面目なのでうやむやにはしたくないはずだ。きっちりとけじめをつけて前に進むタイプだもの。

彩芽にとってもその方がいい。ついさっき神社で「前に進めますように」とお願いしたではないか。

「わかった。一緒に行くね。おばあちゃんの雄姿を見届けなくちゃ」

「よかったぁ。ありがとう、彩芽ちゃん」
祖母は安心したように、ふーっと息を吐いた。


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