堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

翌日、手紙に書いていた通り『京泉』から『十喜餡』シリーズが発売されるというニュースが発表された。その後、朝の情報番組やワイドショーでも『和菓子王子の新たな戦略』と取り上げられている。
タロちゃんの金賞受賞から、断続的に『京泉』の話題が続いている状態だ。

『十喜餡』の十種類の和菓子のうち、通年販売される五種類の内訳も発表されたが、その中には彩芽が好きだと言った大福と葛饅頭が入っていた。

『葛饅頭が一年中食べられるといいのに』

彩芽が言ったことを、タロちゃんが実現してくれたのだ。

三笠は入っていなかった。多分、三笠は『まつの』の物だからと、律義に思っているからだろう。

『十喜餡』は、『カフェ・ド・イリス』でも使われるということだ。実際、金賞を受賞した『彩芽』にも使われているらしい。

『十喜餡』を用いたパフェやケーキ、新しい味を『カフェ・ド・イリス』でもお楽しみくださいと、リリース文には載っていた。

「くそっ、タロウのやつやるなぁ。情報を小出しにして、話題が長く続くように工夫してる。タロウが賞を取ってから、ずっと『京泉』絡みのニュースばっかりや」

うちの副社長は悔しそうに言い、負けてられるかっと嬉しそうに笑う。

友人であり、ライバルでもあるタロちゃんの活躍に刺激を受けて、仕事に取り掛かる副社長がやけに楽しげだった。

百合ちゃんが四月から〝使い道がある〟と御影副社長に言われていたのは、『カフェ・ド・・イリス』のことだったらしい。

「百合ちゃんは『カフェ・ド・イリス』の仕事をするの?」

「はい。まだ詳しくお話しできないんですが、その予定です。言えるようになったら、美鈴さんと彩芽さんには一番に報告します」

暗い顔ではなく、ちょっと嬉しそうに言うのが何よりだ。
あの御影副社長の下にいるより、新しいお店に携わる方がずっといい。

百合ちゃんにとってのいい話が『京泉』絡みであることが彩芽に取っては複雑だが、昔から『京泉』と『御影堂』は親戚づきあいのような親しい間柄にあったらしい。

だから、新しい事業も全然驚きではないということだ。

「私が知らないずーっと昔の経営者の代から、つながりがあるそうです。しかも『京泉』には、私を妹のように可愛がってくれている人もいるので、安心しています」
照れたように笑う百合ちゃんはとても可愛い。

タロちゃんのことかなと、少し胸が痛んだが、もう気にすることは止めたのだからと自分を諭した。

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