堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
「まあ!素敵じゃない。初恋の相手と政略結婚なんて、ドラマみたい!ね、彩芽ちゃん」
美鈴さんが、彩芽の背中をパシッと叩いた。
ハッと我に返る。
「どうかした?彩芽ちゃん」
美鈴さんに不思議そうに言われて、慌てて口を開く。
「いえ!百合ちゃん、おめでとう。幸せになってね」
声が震えないように神経を集中させたが、大丈夫だっただろうか…
百合ちゃんは、「ありがとうございます」と幸せそうに微笑んだ。
そうか…。タロちゃんは、百合ちゃんの旦那様になるのか。
雑誌でタロちゃんの素性を知った時、これが人生の底だと思ったのに、さらに深いところに底はあったらしい。
神様はなんて意地悪なんだろう。よりによって、タロちゃんと百合ちゃんが結婚するなんて。
百合ちゃんは、可愛い妹のような存在だ。心から幸せになってほしいと願ってる。
でも、こうなった今、私は心からそう思えるのだろうか。
「明日、彩芽さんも『京泉』のパーティーに出席されるんですよね?そこで、この話は発表されるので、お相手の方を直接紹介しますね」
「えー、いいな。私もお会いしたい」
美鈴さんが体をふるふるとくねらせた。
「彩芽ちゃん、しっかりと見てきてね」
肩をガシッとつかまれたが、彩芽は曖昧に微笑んだ。
帰り道、彩芽はまた深い霧の中にいるような気分になった。
あの雑誌を読んだ直後と同じだ。せっかく立ち直りかけて、タロちゃんの成功を祈る気持ちになったのに。
タロちゃんはどういうつもりで、彩芽をパーティーに呼んだんだろう。
もしかすると、すごく残酷な人なのかな。それか、思いっきり傷つけて、タロちゃんを憎むようにさせているとか…
タロちゃんを憎めるなら、彩芽は楽になる。タロちゃんなりの優しさということか。
ここにきても、まだ、タロちゃんが悪い人とは思えない。
彩芽はとことんお人よしなんだろう。
どうせ、結ばれることはないのだ。それなら、タロちゃんの望み通り思いっきり傷ついて、憎んであげた方がいい。
なんとか自宅に帰りつき、自室でほっと息を吐く。涙がこぼれないように目に力を入れていたので眉間が痛い。
もう泣くのはこれで最後にしよう…
全身の力を抜くと、涙がホロホロとこぼれた。