堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
翌日、母から持たされたおばんざいを持って、『まつの』に向かう。パーティーは午後からだが、お昼ご飯を祖母と一緒にとってから『いわくら』に行くのだ。
昨夜はあまり眠れなかったが、もう涙は出し尽くしたので、意外とすっきりとしている。
昨日の百合ちゃんの話がなければ、変にソワソワと落ち着かなかったはずだ。そう考えると、一縷の望みもない今の方が、かえってさっぱりとしていていい。
隣の宮本さんからは、「彩芽ちゃん、トキさんを頼むで!」と激励を受けたので、手を振っておいた。
祖父は腰の具合が悪いらしく、今日も座ってお餅を焼いている。
「おじいちゃん、彩芽来たよー」
「あぁ、すまんが、おばあちゃんのこと頼んだで」
ニコニコと笑って、焼餅をひっくり返す。相変わらずの好々爺ぶりであった。
みんなに託された任務と思って頑張ろう。今日の彩芽は、祖母の付き添いなのだから。
お店が忙しそうだが、祖母と二人で先にお昼を済ませ店を出る。
「お店のことは何も心配いりませんからね!」
肝っ玉すみれちゃんが頼もしく見送ってくれた。
『いわくら』では、今日もやる気満々の女将さんに出迎えられる。
女将さんは着物業界ではとても有名な人らしいが、気さくで明るい人だ。彩芽のことも、小さなころから可愛がってくれている。
「今日は美容師さんも呼んでるから、髪も化粧もすべてお任せやで」
女将さんは、全て段取りを整えてくれていた。
祖母の一生の晴れ舞台をみんなが楽しみにしているようだ。
綺麗に髪を結い上げ、上品な化粧を施してもらった祖母は、とても綺麗だった。
「私も便乗させてもらっちゃった」
志乃ちゃんは彩芽たちが来る前に、すでに仕上げてもらっていたようだ。
完璧な装いで現れて、ペロッと舌を出した。
「ほら、彩芽ちゃんも」
「私は付き添いやし、別に…」
渋る彩芽をほらほらと促し、美容師さんの前に座らせた。
プロの人が手掛けると、本当に人が違ったみたいに綺麗にしてくれる。着物も着付けてもらい、鏡を見ると、あなた誰?と言いたいぐらいの彩芽が映っていた。
「志乃が可愛いのは当たり前やけど、彩芽ちゃんも可愛いで」
取って付けたように若旦那に褒められて、「ついでに褒めていただき、ありがとうございます」と棒読みで感謝しておいた。
若旦那も、色紋付の羽織袴で正装だ。さすが、老舗呉服屋の若旦那という装いだった。