堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
扉がノックされる音がし、ブラックスーツの男性が扉を開けた。
「トキちゃん!」
黒紋付の羽織袴姿のおじいさんが笑顔で入ってきた。豊かなグレーヘアで、昔はさぞかしかっこよかっただろうと思わせるおじいさんだ。
「厳兄さん!」
祖母は嬉しそうに立ち上がった。
彩芽も慌てて、立ち上がる。
「いやあ、トキちゃん。綺麗やなあ。昔のままや」
おじいさんはデレデレと言う。
「厳兄さんは相変わらず口がうまいから」
祖母はコロコロと笑った。
「厳兄さん、孫の彩芽です」
祖母が紹介してくれる。
「孫の松野彩芽です。祖母がお世話になっております」
彩芽が挨拶をして頭を上げると、おじいさんは、ほうっと感心したような顔をした。
「あんたが、『彩芽』さんか!トキちゃんの若いころにそっくりや」
うんうんと納得したように頷き、ひときわ嬉しそうな顔をした。
祖母はおじいさんをサラッと紹介する。
「こちらは『京泉』の会長、和泉厳太郎(いずみ げんたろう)さん」
「!!」
“おじいさん”なんて気楽に考えていい人ではなかった。ものすごい大物だ。何より
祖母が親し気なことに驚愕する。
「お、おばあちゃん。会長さんとお知り合いなの?」
「おっ。知らんのかいな。トキちゃんは昔『京泉』で修行してたんやで」
会長が意外そうに言った。
驚くべき事実の発覚。
昔、祖父母が他店で修行をしていたのは知っていたが、それが『京泉』だったとは!
「義雄とトキちゃんは、わしの弟弟子、妹弟子や」
しかもな…と、会長は内緒話をするように、彩芽にコソッと耳打ちする。
「わしと義雄は昔トキちゃんを取り合った恋敵や。わしがトキちゃんを嫁にしようとしたら、義雄が『トキちゃんを幸せにするのは俺や』って言うて、さらって行きよった」
彩芽は目を丸くし、会長はそれを見てハハハと豪快に笑った。
『まつの』の作業場で椅子に座って餅を焼く、好々爺を思い出す。あの祖父にそんな情熱的な一面があるとは信じられない。