堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
会長は思いついたように訊ねる。
「菊田はうまいことやってるか?」
「ええ、ええ。菊ちゃんは本当によくやってくれて助かってます」
祖母が嬉しそうに頷いた。
「おばあちゃん、もしかしていつも『京泉』で話をしてた上の人って…」
「厳兄さんよ」
深すぎる懐の持ち主、「京泉の上の人」はトップ中のトップだった。
「厳兄さん、こんな不相応な着物まで用意していただいて、ありがとうございます」
祖母が深々と頭を下げるのを見て、彩芽も慌てて頭を下げる。
「いやいや、着物どころじゃないやろ。『十喜餡』の配当はほんまにええんか?」
会長さんが呆れたように言った。
『十喜餡』を売り出すにあたって、『京泉』からは、売り上げに応じた配当支払いの提案があったらしい。でも、祖母はそれを丁重にお断りしたということだ。
「タロちゃんに引き継いだものをどうしようとタロちゃんの自由」
そう言って、金銭授受を固辞したそうだ。祖母らしい話に笑みがこぼれる。
それを聞くと、菊ちゃんの一件も、この着物も、ありがたく頂くということでいいのかなと思える。
心の重荷が少し減った気がした。
「そのお気持ちだけで充分です」
祖母は穏やかに笑った。
「トキちゃんはほんまに欲がないなぁ」
頭をカリカリと掻いて、会長は苦笑いした。
「その代わりと言ってはなんやけど、『まつの』のことはこれから手厚くサポートさせてもらうから。任せてや」
会長が頼もしく請け負ってくれた。
会長の秘書と思われる人が、呼びに来た。
「おっ!そろそろ時間やな。彩芽さん、トキちゃんは連れて行くから、あんたは会場から見守っててや」
「はい!よろしくお願いいたします。おばあちゃん、がんばってね!」
祖母を力強く元気づけて、彩芽は会場に戻った。