堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
『まつの』は、京都で最も有名なお寺の参道を少し外れたところにある。地元では東山第三班と呼ばれる地域だ。
わき道なのであまり人通りの多い場所ではないが、そこは観光地。
今は四月ということもあって、お店の周辺は午前中からなかなかの人の多さだ。
通いなれた石畳を歩いていると、お隣の土産物屋のおじさんから声をかけられた。
「彩芽ちゃん、今日もおばあちゃんの手伝いか?えらいなぁ」
小さな子どもに言うように褒められる。この辺りの人たちは、彩芽のことを小さな頃から知っているので、大人になった今も子どものように扱う。
職場でも、東山でも子ども扱い。
松野彩芽26歳、これでいいのかと自問自答する毎日だ。
「宮本さん、いつもお世話になってます。今日は一日店にいますので、みなさんにそうお伝えください」
精一杯大人の返しをする。
「わかった。言うとくわな。彩芽ちゃんも頑張ってお手伝いするんやで」
残念ながら、にこやかに流された。頭でも撫でられそうな感じ。大人への道は遥かに遠い。
『まつの』は、なぜかいつも一定のお客様でにぎわっている店だった。
多すぎることもなく、少なすぎて困ることもない。
目立たない店構えだし、ひっそりと営業しているので、一見様はなかなか入って来ない。来てくれるお客様はたいてい「○○で紹介されて」と言ってやってくる。
どうやら、周囲のお店の人たちが、ちょうどいい客数になるように、お客様を紹介してくれているようなのだ。
そして、彩芽が一日店にいる時は、普段より多めのお客様がくるらしい。
今のように、土産物屋の宮本さんに伝えておくと、驚くべき速さで「今日の『まつの』は彩芽がいるので、客多めでOK!」と周囲の店に伝わり、常に満席状態になる。
まさか、メッセージアプリのグループで連絡を取り合ってるわけではないだろうに。
恐るべし、東山第三班。
何と言っても、お客様の込み具合をコントロールできるところがすごい。
どれだけ管理能力があるのよ…
いや、誰かがじっと見張ってるのか?
ちょっと怖い気もするが、そうやって東山の人たちに大事にされている『まつの』は、幸せな店だった。