堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
「いたいた!彩芽ちゃん」
志乃ちゃんが彩芽を探しに来てくれた。
「みんなあっちにいるから行こう」
連れて行ってくれた先には、若旦那の他にうちの副社長夫妻がいた。
「おっ!松野は馬子にも衣裳やな」
副社長がニヤッと笑う。
「吉木さん、副社長をセクハラで訴えてもいいですか?」
真面目に聞くと、吉木さんも真面目に答えてくれた。
「わかりました。月曜日、人事に来てください」
「お、おい!冗談やっ」
副社長は慌てたように取り成す。
「証人がたくさんおるから諦めろ」
若旦那が残念そうに言い、笑い声が上がった。
よかった。こうして軽口を交わせる人たちがいて。一人でいたら、悶々と悩んでいたところだ。彩芽も一緒に和やかに笑った。
司会の人の話が始まり、壇上に和泉家の人々が上がる。
その後から来賓と思われる人たちが壇上に上がり、隅に置かれた椅子に着席した。『御影堂』の副社長、百合ちゃん、祖母ももちろんその中にいる。
百合ちゃんが祖母を気遣って、横にいてくれているのがわかる。ちんまりと座った祖母は、恥ずかしそうに、幸せそうに見えた。
社長の挨拶や、会長の挨拶が続き、タロちゃんが副社長として紹介される。
堂々とした姿は、髪を切った今も武士のように凛々しかった。
たったひと時とはいえ、彩芽を愛してくれた人だ。
『ご武運をお祈りいたします』
心の中で手を合わせた。
タロちゃんが『十喜餡』の紹介をする。
丁寧に柔らかい口調で説明してくれる様は、祖母の餡を本当に大切に思ってくれていることがわかる。
『十喜子餡』考案者として祖母が呼ばれ、会場が温かい拍手で包まれた。
タロちゃんは祖母をエスコートして、中央に連れて行く。そして二人がしっかりと握手をし、祖母がタロちゃんの手を両手で包み込んでさすっているのを見た時、こらえきれなくなって涙が零れ落ちた。
祖母が会場に向かって深々と挨拶をすると、今日一番の拍手が沸き起こる。
彩芽は、祖母がまた椅子に座るのを見届けてから会場を出た。
「おばあちゃん、かっこよかったよ…」