堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
「順番がおかしくなったけど、ちゃんと話をしよう」
タロちゃんはまた彩芽を抱き上げ、ソファーに移動する。そして、彩芽を膝に乗せたまま話し始めた。
「家のこと、黙ってて悪かった。『京泉』の息子やとわかると、みんなどうしても距離を置く。それが嫌でトキさんには内緒にしてくれるように頼んだ。彩芽には全部用意が整ったときに話そうと思ってたけど、賞を取ったことで予定が狂ってしまった。ほんまに悪かった」
タロちゃんは、真面目な顔で謝った。
「思った以上に俺自身が注目を浴びて、急遽それを宣伝活動に使うことにした。彩芽のことより、会社の利を優先した形になってしまって申し訳ない」
「タロちゃんが『京泉」の副社長っていうことも、名前が『和泉篁太郎』っていうことも、全部雑誌で知ってんよ?私がどれだけ傷ついたかわかる?」
「ごめん…」
彩芽を抱きしめ、首元に顔をうずめるようにしてタロちゃんは謝った。
理解できないことはない。頼まなくても勝手に宣伝してくれるのだ。会社を経営する立場なら、利用したい気持ちはよくわかる。
彩芽もギュッと抱きしめ返した。
続きを話すようにうながす。聞きたかったタロちゃん自身の話だ。
「親父からそろそろ副社長に専念しろって言われて、和菓子職人として最後にどうしても成し遂げたいことができた。彩芽にも話したが、和菓子、洋菓子の枠を越えた菓子作りや。最高の餡を使って、最高の菓子を作る。それを実現するための餡を探していたところ、トキさんにたどり着いた」
タロちゃんは、彩芽の頬を撫でる。
「修行はわずか三ヶ月。全てを勉強に費やさなあかんのに、彩芽に惚れてしまった。仕事に集中すべき時に彩芽への想いがどんどん募って、あの時は苦しかった。最後は我慢できずに手を出してしまったけどな」
彩芽の頬に顔を寄せ、甘噛みした。
「修行後は、文字通り必死やった。『まつの』での修行の成果を短期間で出すことは、親父との約束やったから。
国際コンクールに出すお菓子の制作、『十喜餡』シリーズの商品化、『カフェ・ド・イリス』の骨格作り。目の回るような忙しさやった。金賞を取った『彩芽』は彩芽をイメージして作ったものや。落ち着いているけど明るさもあり、華やかさもある。彩芽が賞を取らせてくれた。ありがとう」
タロちゃんはそこまで一気に話すと、彩芽の顎を下からクイッと持ちあげた。
「俺は、彩芽のことを考えて毎日頑張ってきた。彩芽に会いたくて、ただそれだけを目標にしてきた。昨日久しぶりに彩芽を見た時は、周りのことを忘れて抱きしめそうになったほどや。でも、彩芽は他人みたいに振る舞った。俺のこと、もう待ってなかった?」
彩芽の目から、静かに涙がこぼれる。
「タロちゃんが『京泉』の副社長だとわかって、もう無理と思ったの。私みたいな普通の子が、タロちゃんと釣り合いが取れるはずないもの。それに…」
下を向いて、一番聞きたくないことを聞く。
「百合ちゃんと結婚するんでしょ?それなら、私のことなんて邪魔でしかないじゃない」
「……百合がそう言った?俺と結婚するって」
「『京泉』の息子さんと結婚するって言ってた」